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2026年05月11日

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“地域の宝”アトサヌプリで先進的なツアーを展開 ふたつの「エコ」を推進する弟子屈町流エコツーリズムとは?

“地域の宝”アトサヌプリで先進的なツアーを展開 ふたつの「エコ」を推進する弟子屈町流エコツーリズムとは? thumbnail

アトサヌプリの中で一番巨大とされる噴気孔「F1」。迫力ある姿はツアー参加者しか感じることができない

壮大な自然と深い歴史を有するアトサヌプリでのエコツアーをはじめ、先進的なエコツーリズムを展開している北海道東部の弟子屈町。“地域の宝”である自然を次世代へつなげていくため、どんな思いでどんな取り組みを行なっているのか。今回、エコツアーに参加して、キーマンたちに話を聞いた。


自然とともに紡がれた町の歴史

駐車上そばの砂礫を進むとガイドツアーに参加しなくても気軽に噴気孔を見ることができる

モクモクと白煙を吐き出し、溶岩をまとう荒々しい山容は大迫力。北海道東部・弟子屈町の阿寒摩周国立公園内にそびえるアトサヌプリ(硫黄山/標高508m)は、約7千年前に形成され、今もなお“生きる火山”として唯一無二の存在感を放っている。

アトサヌプリは、アイヌ語で「裸の山」を意味する。硫黄成分が豊富で山頂から山腹にはほとんど植物が育たないためそう呼ばれるようになった。鉱山資源である硫黄は、火薬や農薬などに用いられ、明治期から昭和期半ばにかけてアトサヌプリでは採掘が盛んだった。

硫黄採掘は一大産業となり、運搬のために道内2番目となる鉄道が開通すると、道東地域の発展にもつながっていく。さらにアトサヌプリからは強酸性泉が湧き出し、麓では川湯温泉が栄える。

町内には他にも世界屈指の透明度を誇る摩周湖や、日本最大のカルデラ湖である屈斜路湖といった豊かな自然があるが、そのなかでもアトサヌプリは地域の歴史や文化を育んだ、まさに地域のシンボル的存在だ。

「弟子屈町は“恵まれすぎている”というくらい自然豊かです。そして、アトサヌプリはすばらしい自然とともに深い歴史が詰まっていて、そういう山はなかなかないと思います。そんな地域の宝であるアトサヌプリの自然をただ使うのではなく、大切に守りながら楽しみ、次世代へ残していくことを考えています」

町内在住で、26年間アウトドアガイドを行う藤原仁さんはそう話す。藤原さんの言葉通り、弟子屈町では地元の自然資源を地域活性化や環境保全に活かしていく独自のエコツーリズムを地域ぐるみで進めている。

2008年、住民主体のグループ「てしかがえこまち推進協議会」が立ち上がり、策定したエコツーリズム推進全体構想は2016年に道内で初めて国の認定を受けた。その構想の実行を現場で担うのが同協議会内の「エコツーリズム推進部会」で、藤原さんが部会長を務める。

アトサヌプリトレッキングツアーでガイドする藤原仁さん

サステナビリティを軸にしたツアー開発

硫黄の臭いが漂う中、岩場を足元に注意しながら慎重に登っていく

多岐にわたる活動のなかでも、2020年に始まった「アトサヌプリトレッキングツアー」は目玉といえるだろう。じつは、アトサヌプリは登山者2人が亡くなる落石事故が発生した2000年以来、長らく入山禁止になっていた。しかし町の重要な観光資源であり、安全性確保や自然保護を図ったうえでの登山再開がかねて検討されていた。

「以前は子どもたちの学校遠足も行われていて、登山者だけじゃなく住民にとっても思い入れが深い山。『すごくいい山だから』と地元から登山復活を望む声も多かったです。もう一度登れるようにしようと、ガイドをはじめ官民一緒になって話し合い、現地を歩いて、体制やルートづくりを進めていきました」

およそ3年の月日を経て完成した登山の仕組みはサステナビリティを強く意識したものだった。まず、アトサヌプリに点在する噴気孔をエコツーリズム推進法に基づく「特定自然観光資源」に指定し、山一帯を立ち入り制限区域とした。そのうえで、北海道アウトドアガイド資格を有しアトサヌプリの専門知識を学んだ、同協議会の認定ガイドに限って立ち入ることができる制度をつくった。特定自然観光資源の指定は全国2例目で、制度を活用した立ち入り制限は全国で初めての先進的な試みだ。

一般の登山者は、地元の摩周湖観光協会が販売する認定ガイドによるトレッキングツアーのみ入山可能で、ツアー代の一部はルート整備や定期的なモニタリングなどの自然保護に充てられる。

このツアーは持続可能性に加え、仕組みや官民一体となった取り組みが評価され、2023年には、日本エコツーリズム協会の「エコツーリズム大賞」や、国際的認証団体による「世界の持続可能な観光地TOP100選」を受賞している。

弟子屈町の「特定自然観光資源」に指定されているアトサヌプリの噴気孔

自然と歴史が詰め込んだコースは「WOW!」の連続

アトサヌプリの植生や硫黄採掘の歴史についての説明を受けながら、黄色く色づいた木々のトンネルを歩く

さらに、ツアーはその仕組みのみならず、ルートづくりにも活用と保全のバランスを考慮した工夫がなされている。

紅葉真っ盛りの2025年10月下旬、藤原さんによるガイドツアーに参加してみると、全長約4.5km(約3時間目安)の比較的短い周回ルートにもかかわらず、アトサヌプリが見せる多様な表情に驚かされた。

まず、登山口からしばらくはかつての鉱山鉄道跡を歩く。荒涼とした山肌とは対照的に、裾野には多様な草木が自生し、特に広葉樹の紅葉は圧巻。初夏は新緑や群生する高山植物のイソツツジの白い花が美しいという。道中に硫黄採掘の遺構も複数あり、歴史が濃い。

樹林帯を抜け、立ち入り制限区域ではヘルメット着用。白煙上がる岩の山肌を登っていき、大迫力の爆裂火口や噴気孔を間近で見られる。安全を確保するため山頂へは行かないルートだが、壮大な自然や街並みを見渡せる展望スポットもいくつもある。後半は国内最大のカルデラ湖の屈斜路湖を眺め、そして森を下っていく。

「ルートづくりは、自然と歴史の両方の見どころをつなげていって、ガイドである自分たちも楽しいと感じられるようなものになるように意識しました。そうでないと、お客さんにも『WOW!』と驚いてもらえませんよね。一帯は国有林や環境省の特別保護区ですので、基本的には自然に手を加えることは極力せず、登山道は採掘の軌跡だったり獣道を活用したりしています」

藤原さんはそう説明する。毎年5月中旬から11月初旬まで行うこのツアーには国内の登山好きだけではなく、オーストラリアやシンガポールなどの旅行者も参加している。「アトサヌプリの知名度はまだまだこれからですが、歩いたお客さんの満足度はとても高いです」と、藤原さんは手応えを感じている。

登山者の安全性確保やアトサヌプリの自然保護のため、認定ガイドによるツアーでのみ入山できる。

官民一体で取り組むふたつの「エコ」

取り壊された施設の廃材を利用して作られた「岩盤テラス」。散策しながら温泉を楽しむことができる

一方、アトサヌプリの麓でもエコツーリズムや自然環境を守る活動が行われている。

2016年、インバウンド誘致を目指す環境省の「国立公園満喫プロジェクト」の先導的モデルに阿寒摩周国立公園が選ばれたことをきっかけに、観光客が減少傾向にあった川湯温泉の再生の動きが本格化。町と環境省、宿泊施設を手掛ける星野リゾートがタッグを組み、温泉街一帯の大規模な整備計画を進めている。

エコツーリズムの観点から特筆したいのは、温泉街の中心を流れる温泉川の再生活動だ。この川は強酸性泉が流れる特異な環境もあり以前は分厚いヘドロが堆積し、パイプやタイルなどのゴミも捨てられている状況だった。

そこで、住民でつくる「阿寒摩周国立公園川湯地域運営協会」をはじめ、町や環境省の職員も加わり、川の一斉掃除を実施。アトサヌプリから続く川底の岩盤層が見えるまできれいになったのだ。

川沿いには閉業したホテルの廃材を再利用した木道を設け、新たな観光スポット「川湯 岩盤テラス」として発信。整備を主導した摩周湖観光協会の秋山一夫さんは「自治体だけでなく、地元が好きで『なんとかしよう』と活動する住民たちの熱意が、環境省も含めたいい連携を生み出していると感じます」と話し、官民一体となる重要性を実感している。

また、日本一の透明度で知られる摩周湖では、毎年の水質モニタリング調査を行っている。その地形や環境から人為的汚染がほとんどないとされる摩周湖は、国際的な水質観測地点として重要な役割を果たす。国立環境研究所が2017年度で調査を終了したため、周辺5町と関係機関でつくる「摩周湖環境保全連絡協議会」が調査を引き継いだ。

調査費用はクラウドファウンディング(CF)などを活用して捻出している。摩周湖は国立公園の特別保護区でふだんは立ち入ることができないが、CFの高額寄付者には同行調査できる特典を毎年2組限定で付けている。

町は今後さらにツアーやコンテンツの拡充を図り、観光客を呼び込みたい考えだ。ただ、「自然を守りながら」という大前提が常に念頭にあるという。秋山さんが語る。

「我々の町へはみんな自然を求めて訪れますから、自然がなければ観光は絶対に成り立ちません。エコロジー(環境保全)とエコノミー(経済)のふたつの『エコ』のバランスをしっかりと取りながら、これからも町独自の自然、文化、歴史を生かした観光や地域づくりに取り組んでいきたいです」

町のエコツーリズムへの取り組みについて語る秋山一夫さん

今、アトサヌプリをはじめとした弟子屈町のエコツーリズムに関心を持つ日本各地の自治体や観光関係者が続々と現地視察に訪れている。“弟子屈町流エコツーリズム”は、これからどんな展開を見せていくのだろうか。注目したい。

《聞き手・記事制作》時事通信社 札幌支社

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