2025年02月12日
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羅臼の奥深さ、五感を刺激する没入型体験
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想像してみてほしい。知床半島沿いの人里離れた道のカーブを進んでいると、草木から突然シカが飛び出す。シカはあなたの乗る自転車の前を静かに横切り、海の方に姿を消す。そしてひづめの音が遠ざかっていく。ここは、知床半島の東側に位置する北海道羅臼町。あらゆる感覚を目覚めさせるアドベンチャーが始まろうとしている。海風に導かれ、遠く離れた神秘的な島々の雄大な眺めに魅了されながら、北海道の手つかずの荒野が持つ本当の力を感じよう。
海岸沿いのサイクリング
知床ねむろエリアのコーディネーター、佐々木亮介さんが組むこのツアーは、地元の人たちの暮らしに浸ることのできる数少ないチャンス。スルーガイドは知床の自然に惹かれ移住した現地のガイド、寺山元さんが務める。参加すれば、 まだ多くが体験したことのない羅臼の神秘の世界を垣間見ることができる。
スルーガイドを務める知床在住のガイド、寺山元さん(写真中央)
サイクリングは風景を味わうのに最適な手段。自動車やバスとは異なり、ペダルをゆっくりこげば知床半島の自然と一体になれる。顔に当たる冷たく心地良い風、鳥の鳴き声、遠くで打ち寄せる波の音、そして草むらの中で動く動物や、頭上を舞う鳥のシルエット。あなただけの体験をしてほしい。アスリートでも初心者でも、25キロメートルのなだらかな沿岸 を自転車で走るのは楽しい体験だ。もし体力に不安があるなら電動アシスト自転車という選択肢も。
ツアーを通じてこの地域の豊かな文化にも触れられる。地域の人々の暮らしと密接な関係
を持つ、羅臼の街を見守る神社や川辺の温泉。寺山さんはこれらの歴史や物語について説明してくれる。サイクリングの後、昔から地元に愛される温泉に浸かってくつろぐのは最高のごほうび。天然温泉の心地よい温もりの中、サイクリングで疲れた筋肉をほぐそう。
地元の漁師に大事にされてきた羅臼神社
境内にある湧き水はサイクリングの給水スポットになる
羅臼港にて
羅臼港のにぎやかな魚市場はこのツアーのハイライトの一つ。市場に一歩足を踏み入れると、生き生きとした声が聞こえる。朝捕れたばかりの海産物であふれた木箱を漁師が降ろす音 や競りの声が場内に響く。赤い帽子をかぶった競り人の軽快なテンポで発せられる掛け声や、周りにこだまする笑い声など聞きながら、市場に満ちる潮の香りを嗅いでほしい。
活気に満ちた光景の中で魚やタコ、貝類などが並べられ、集まった買い手の目を引く。漁師とプロの買い手だけに開かれたこの市場は、まさに独自の世界。その賑やかな活気もガイドの補足説明があれば理解できる。遠慮せず質問してみよう。この貴重な光景はあなたにとってきっと見逃したくない特別な体験になるはず。
昆布の案内人
羅臼昆布についてレクチャーする加瀬里沙さん(写真右)
昆布の生産者、そして羅臼の「昆布の案内人」でもある加瀬里紗さんは、地域を訪れる観光客にその魅力を伝え続けている。
日本料理に欠かせない、出汁のもとである貴重な羅臼昆布。加瀬さんは、その収穫や複雑な生産方法を優しく説明してくれる。厳しい環境の中、手作業で収穫される昆布は 地元の貴重なごちそうになる。羅臼昆布はその並外れた品質で名高く、高級昆布の一つ。また日本料理にとって大切で、5番目の味として知られる「うま味」を生み出すグルタミン酸の含有量が高いことで高く評価されている。
収穫にはじまり乾燥、裁断、選別、箱詰めなど各工程で作業が入念に行われる。漁師たちが知る秘訣を全て明かそうと、加瀬さんはガラスののぞき窓が付いた円錐形の変わった物体を参加者に見せ、説明を続ける。「これは口が当たる所に留め具が付いたマスクです。自分の歯でかみ、しっかりとくわえなければなりません。漁師はこれを使って、船から水中をのぞくことができます。これにより両手が自由になって、昆布を見ながら手でねじり収穫することができるのです」
自身で生産した昆布を手に取り説明する加瀬さん
ひとつひとつの説明の中に、加瀬さんは昆布とうま味にまつわる豊かな歴史を生き生きと織り交ぜる。手作りの昆布のオリジナルスイーツを味わいながら、その世界に浸ろう。
加瀬さんが手作りした昆布のスイーツ。金粉とホワイトチョコがかかっている。
レクチャーの後、参加者で囲んだ昼食の天ぷら。地元の海山の食材が使われている。
舞台裏で
インタビューに答える佐々木亮介さん
ツアーを作り上げた佐々木さんにとって、地元の人たちとつながり、話を聞くことはツアーに不可欠な要素だという。確かに、旅行においてただ景色を楽しむことは、たとえ暖かな居心地の良い家があったとしてもその扉をくぐらず前に佇むだけで、その家の持つ本当の豊かさを見逃すようなものかもしれない。地域の人々との何気ない会話を通じて、佐々木さんは思い立ったことがある。それは、地域の人々から観光客に向けて自分たちの話をしてもらうということ。このことが地域固有の文化について深い没入型の体験を生み出すという。
ツアーのそれぞれの行程はまるで風景に筆を入れるプロセスのよう。それまで単なる背景だったものが活気にあふれ、実物を描いたようなキャンバスに変わっていく。
この旅はただ景色を楽しむだけでなく、羅臼の物語や伝統、日常生活に浸ることでもある。羅臼に暮らす人々は大地や海と穏やかながらも深いつながりを持ち、その絆を何世代もかけて築いてきた。それは港での漁師との会話からガイドと過ごす時間に至るまで、地元の人たちとの出会いを通して分かる。この風景の中に隠れていた、目に見えない部分が理解できるようになる。こうした交流を通じて、羅臼の自然により親しみを感じ、自分にとっても意味のあるものに様変わりする。
佐々木さんは、このプロジェクトを羅臼の美しさや固有の文化を紹介するだけでなく、地域経済を活性化させる手段の一つと位置付けている。これらの取り組みが持続可能でかつ収益性が高いものになるように、さらに補完的なアクティビティや多彩なツアーの確立を検討している。佐々木さんの究極の目標は、羅臼に暮らす人々の生活の質を向上させ、環境に優しい責任ある観光に熱心な観光客を誘致することにある。
数日の間、地元の専門家に案内されたツアー参加者は、地域に根差した神社、港にある眺めの良いスポット、漁の伝統に関する物語など、知床や羅臼の隠れた宝を発見することになる。ここでは、お弁当を食べるありふれた休憩でさえ風とカモメの鳴き声を伴う儀式にさえ感じられる。曲がり道を走ったり気の向くまま立ち止まったりして、地元の人たちしか知らない暮らしの一端に触れられる。
ツアーを終え羅臼を出るとき、もう一度周りを見渡す。その瞬間、この旅は単なるアドベンチャーにとどまらず、特別な恵みそのものだとふと気づかされた。地元の人たちの物語に触れることで、羅臼の本質そのものが心に刻まれる。自然の力と人の技によって形作られた本物の日本がそこにある。この旅で得られるのは思い出以上に、この素晴らしい世界の片隅への深い理解と新たな敬意である。
朝焼けに輝く羅臼の海。対岸には国後島が見える。
《聞き手・記事制作》時事通信社 札幌支社
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