2025年01月23日
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インタビュー「旅行者の“WOW”と地域のハッピーの両立を目指して」 - 北海道アドベンチャートラベル協議会会長・荒井一洋さん
北海道アドベンチャートラベル協議会(HATA)の会長であり、キャリア20年以上のベテラン自然ガイドの荒井一洋さん。早くからインバウンドの受け入れに注力してきた北海道アドベンチャートラベル(AT)ガイドの先駆者の人となりに迫るとともに、持続可能な観光や自然保護について聞いた。
納豆卵かけご飯は最高のアドベンチャー?
「アドベンチャートラベルは、お客さんが“WOW”って思う体験だと考えています」
北海道アドベンチャートラベル協議会(HATA)の会長を務める荒井一洋さんは、「ATとは何か」の質問に対し、シンプルにそう答える。そして続ける。
「“WOW”と思うポイントは人それぞれ違いますよね。例えば、日本人にとって納豆卵かけご飯は日常的なものですが、生卵や納豆を食べたことのない外国人にとっては非日常で、最高のアドベンチャー(冒険)になり得る。だから僕らガイドにとって必要なのは、対象者理解だと思うんです。相手にとっての“WOW”をきちんと理解する努力が大切です」
荒井さんの“本業”は、代表理事を務めるNPO法人「大雪山自然学校」のガイド業。また2019年には、外国人向けツアー会社「ADVENTURE HOKKAIDO」を仲間とスタートし、道内全域で英語ガイドを行う。2023年に創設された「北海道ATガイド制度」では、「アクティビティーガイド」(自然ガイド分野)の第1号として認定されている。
そんな北海道ATガイドの先駆者といえる荒井さんはどんな人物なのだろうか。彼の人生をさかのぼって紹介していこう。
ニュージーランドで出会った多様な価値観
ニュージーランド留学中の荒井さん(上段右端)(本人提供)
荒井さんは、北見市生まれ、札幌市育ち。幼い頃からアウトドア好きの父親に連れられ、登山やサイクリングへ出かけた。中学時代には自転車競技のクラブチームに所属し、高校1年の時にニュージーランドへ留学。そのままクライストチャーチ市郊外にあるリンカーン大学へ進学した。荒井さんは当時を振り返り、笑う。
「留学っていうと聞こえはいいですが、尾崎豊を聴いているようなドロップアウト気味の高校生だったので、日本の学校生活が漠然とおもしろくなくて、正直、海外へ“逃げた”という言い方もできます(笑)。国選びも、所属していた札幌市内の自転車チームにいたニュージーランド人がかっこよかったというだけの理由です。でも、実際に現地へ渡ると居心地がよくて、結局、大学卒業まで過ごしました」
大学時代は、国立公園管理を専攻し環境先進国の取り組みを学びながら、現地の豊かな自然を楽しんだ。世界各国の留学生と触れ合うなかで、言語の上達だけでなく、多様な価値観を知った。卒業後は、海外での就職も考えたが、「自分の居場所を探すのではなく自分でつくろう」(荒井さん)と、地元へ戻る決断をした。
自然を楽しみながら守る仕組みづくり
NPO法人「ねおす」の職員時代の荒井さん(写真中央)(本人提供)
帰国した2000年、知人の紹介があり、道内各地で自然教育を手掛けるNPO法人「ねおす」(2016年解散)の職員となった。1年目は旭岳ビジターセンターへ派遣され、麓の東川町へ移住。翌年、社会人2年目にしてNPO法人の新しい拠点として大雪山自然学校を立ち上げた。
「当時は若い勢いで自然学校を始めました。まだ社会を知らない若者に、ガイドや教育関係の先輩をはじめ地元の住民が本当によくしてくれて。生活に余裕はなかったので農家の方が野菜をたくさんくれたり(笑)。すばらしい人々と出会い支えてもらったことで、東川町が自分の居場所だと思うようになりました」
大雪山自然学校は、大雪山周辺をフィールドに、エコツアーや「森のようちえん」運営を中心とした多彩なアウトドア体験を提供している。2006年からは、東川町から旭岳の自然保護業務を受託し、登山道整備や安全指導などに取り組む。
「国立公園の場合、環境省がコストをかけて管理し、僕らのようなガイドや登山者、観光客が利用するというように、管理者と利用者が分かれているケースが多いです。当たり前の話ですが、利用者がただ自然を消費するのではなく、保全にも参画すれば、いい循環が生まれますよね。それが僕らの基本的な考え方です。行政や市民団体などと連携を強めながら、利用者による環境保全の仕組みづくりを進めてきました」
利用者による環境保全活動の背景にある一貫した思いは、「いつまでもみんなと一緒に自然で楽しみたい」。現在は、「グローバルサステナブルツーリズム協議会(GSTC)」の公認トレーナーを務め、講演やガイド育成も行い、持続可能な旅行や観光のために尽力している。
ガイドにも優しいサステナブルツアー
地域に根ざした活動の一方、早い段階から外国人旅行者の受け入れ強化にも力を注いできた。前出の「ADVENTURE HOKKAIDO」では、大雪山のハイキングや知床半島のサイクリング、阿寒湖の野生動物観察などの道内各地のツアーを展開している。
「北海道のいいところをどんどん紹介して世界的な価値を高めていきたいです。アドベンチャートラベラーのお客さんに『また来たい』と思ってもらえれば、リピーターになってくれるし、家族や友人に広めてくれるでしょう。そうすると、不特定多数へのプロモーションとはまた違った、サステナブルに理解がある『レスポンシブルトラベラー(責任ある旅行者)』を増やせると思います」
「ADVENTURE HOKKAIDO」のツアーは、オーダーメイドではなくすべて募集型企画。目的地や日程、宿泊や交通などの内容と料金をあらかじめ設定し参加者を募る形態だ。これは、ガイドや宿泊施設、旅行会社などツアーに関わる事業者の持続可能性にも配慮したやり方だという。
「それぞれの旅行者のオーダーに応え続けば、スケジュールやオペレーションに無理が生じてしまいます。実際、いまインバウンドの急増で、疲弊している地域もあります。旅行者にハッピーを提供するだけじゃなくて、提供する側にも優しいツアーをつくっていくことが大切です」
付加価値のカギは「日常のお裾分け」
荒井さんは、持続可能なインバウンドの受け入れについて「地域の日常のお裾分け」が付加価値として大きな可能性を持つと考えている。
「アドベンチャートラベラーはオーセンティック(本物)な体験を好みます。インバウンド向けにコストをかけてアトラクションを用意しなくても、地域の日常を体験できるような企画は価値が高いです。普段の活動をベースにすればコストもかからないし、無理が生じない。旅行者にとって地元住民との交流は、とても有意義な体験になるはずです」
サステナブルな観光促進に取り組む荒井さんだが、「自分は無理しちゃうタイプなんですよ……」と笑う。「お客さんがハッピーだと自分もハッピーですし、いい雰囲気のツアーにしたいから気を張って頑張るんですが、仕事が終わった後はめちゃくちゃ疲れます(笑)」とも吐露する。
HATAやGSTCをはじめ、地域観光の発展や若手ガイドの育成にも熱を注ぐ多忙な荒井さん。旅行者の“WOW”と地域の“Happy”のためにこれからも挑戦を続けていく。
プロフィール
荒井一洋(あらい・かずひろ)
NPO法人大雪山自然学校代表理事・北海道アドベンチャートラベル協議会会長・グローバルサステナブルツーリズム協議会公認トレーナー・ADVENTURE HOKKAIDO共同創設者。1977年、札幌市生まれ。幼少期よりアウトドアに親しみ、16歳でニュージーランドへ留学。リンカーン大学で国立公園管理を専攻。2001年に大雪山自然学校を設立し、エコツアーや自然体験活動のガイドを務める。東川町に妻、3人の娘と暮らす。趣味は焚き火。
《聞き手・記事制作》時事通信社 札幌支社
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