海の香りと、海岸線の景色を感じる【函館空港編】
海に近い町は内陸部とは違う生活風景があります。100年前にはニシン漁で繁栄し、車で走ると夕日の景色と穏やかな潮風が人をのんびりとした気分にさせます。
松前藩屋敷
北海道にある唯一の日本式の城で、春にはピンク色の桜が咲き誇り、有数の桜の名所です。夏になると水路に浮かぶあじさいを目当てに人が集まります。青、紫、赤、ピンク、白など色鮮やかに咲き誇るあじさいは、総数2,000株以上あり、とても華やかで、見事な光景です。日が暮れてからはライトアップされ、光と影が輝き、独特の味わいを醸し出します。幕末の城下町の面影を今に伝える公園内には、14棟のレトロな建物と、夏には色鮮やかな花々が咲き誇り、緑の山々に囲まれ、また違った趣のある花々をお楽しみいただけます。
江差いにしえ街道
古い日本家屋や、江戸から大正時代の歴史・文化が好きな旅行者にとって、この通りを歩くことはタイムトンネルに入ったような気分になります。旅行者は、古い邸宅を訪れて裕福な商人の生活を体験したり、漁業用品を作っていた竹細工屋を訪れて漁業について話を聞いたりすることができます。より深く見学するなら、「横山家」がおすすめです。当時の漁業や商業を代表する資料館として、当時の漁具が展示されています。同時に、地元の定番グルメであるニシンそばも味わうことができます。ニシンそばは、長い時間をかけて調理され、口の中でとろけるような柔らかさと風味が印象的です。(現在「横山家」は、臨時休業中です。外観はご覧いただけます。)
立象山公園
立象山という地名は象が立っているように見えることに由来し、それを囲む公園が立象山公園です。近隣や港だけでなく、天気が良ければ奥尻島まで見渡せるほどの好立地で、日本海が一望できるため、多くのカメラマンが訪れます。夜には遠くの海に浮かぶ漁火を眺めることができます。また、あじさい広場にも近く、満開の時期には約30,000株の色とりどりのあじさいを楽しむことができます。
ニッカウヰスキー北海道工場余市蒸溜所
余市蒸留所は、ウイスキーブランド「ニッカウヰスキー」の創始者「竹鶴政孝」によって1934年に建設されました。竹鶴政孝は、自らの思い描いた理想のウイスキーを造るため、ウイスキーづくりに欠かせない原料である大麦と、ウイスキーのスモーキーな風味を加えるピートが豊富な余市に移住しました。スコットランドの蒸留所で学んだウイスキーづくりの技術、彼のウイスキー造りへのこだわりと日本のウイスキー産業への貢献は、「日本のウイスキーの父」と呼ばれています。その中でも最も代表的なのが「石炭直火蒸溜」という技術です。蒸留所には、原料の乾燥、蒸留、樽詰め、貯蔵までのウイスキー製造・設備を見学できるほか、竹鶴政孝夫妻が住んでいた邸宅や工場事務所も残されています。施設内にはミュージアムやショップ、レストランなども併設されており、蒸留所限定のウイスキーやユニークなウイスキー料理も提供され、ウイスキー愛好家に楽しんでいただけます。無料ガイドツアーの最後には、ウイスキーの無料試飲もできますし、希望があれば、限定コレクションウイスキーの有料テイスティングも可能です。
旧青山別邸(小樽貴賓館)
旧青山別邸は、ニシン漁を舞台にした昭和の名曲「石狩挽歌」の歌碑、国登録有形文化財、北海道を代表する美術豪邸の旧青山別邸、地元のニシン料理が楽しめるレストランの小樽貴賓館の3つに分かれています。
小樽の黎明期、ニシンの経済的価値は極めて高く、その豊富なニシンのおかげで当時の小樽は「北のウォール街」と呼ばれ、小樽の穀物相場はロンドンの相場にも影響を与えるほどでした。ニシン漁で富を得た一族の代表格が青山家。旧青山別邸は、二代目の政吉親子が全盛期に6年半かけて建てた別荘。建築費は約31万円で、当時の新宿の有名百貨店のそれは約50万円ですから、豪邸ぶりがおわかりいただけると思います。内装には、当時の北海道では希少だった貴重な建材がふんだんに使用され、50名を超える著名な大工職人が建築に携わりました。館内には大小合わせて18の部屋があり、部屋ごとにテーマや展示作品が異なり、じっくり鑑賞する価値があります。旧青山別邸を訪れた後は、小樽貴賓館で美しい庭園の景色を眺めながらニシン料理を味わうなど、贅沢な暮らしを体験していただけます。
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