ジンで地方創生、ある蒸留所の成功モデル

ジンで地方創生、ある蒸留所の成功モデル

札幌の西に位置する積丹町は、積丹岬に代表されるダイナミックで人々を魅了する自然を有するまち。特に豊富な収穫量を誇るウニで知られており、旬を迎える夏には道内外から多くの人が訪れます。一方で積丹町は、北海道の多くの地方自治体と同様に人口減少が続いています。人口は2020年の国勢調査の時点で2,000人弱と、50年前の約3分の1に減少しました。まちの関係人口を増やすため、積丹町の人々は新しいビジネスを開発するための試行錯誤を続けてきました。その成果の1つが、大きな反響を呼んでいる「積丹スピリット」。革新的なジンビジネスについて、代表取締役の岩井宏文さんにお話を伺いました。

ジンを造ることになったきっかけ

積丹町でジンを造ることになったきっかけを尋ねると、岩井さんは笑いながら「この蒸留所を始める前に、ジンについて考えたことはほとんどありませんでした」と答えてくれました。岩井さんの専門分野は農村開発であり、町からそのプロジェクト開発の依頼があったのです。「積丹の広大な未使用農地の用途を探すというのが課題でしたが、単にこの土地を企業に提供するだけでは不十分だということにすぐに気づきました」。

岩井さんは、農地を新しいビジネスフィールドに変えるアイデアを求めて、何人かの専門家を現地に招きました。その際に林業の専門家が語った「ここの気候はスコットランドに驚くほど似ている」という言葉が、岩井さんをジンに導いたのです。「ここにある原材料を使えば、独自のジンを造れることに気づきました。もちろん簡単な道のりではありませんが、積丹の素材に大きな可能性を感じたので、自ら挑戦してみようと決意しました」。

地元の恵みを最大限に活かす

最初の課題は、ジンの製造方法を学ぶことでした。これまでにも、いくつかの地方のビジネスベンチャーと一緒に働く機会が多かった岩井さんは、自身のビジネスの結果に満足していました。しかし、ジンに関してはほとんど知識がなかったのです。その大きなギャップを埋めるために、岩井さんはいくつかのパートナーを集めてチームを結成し、同時にスコットランド、ロンドン、そして日本中のジン蒸留所を訪ねました。「ジンの歴史や蒸留工程を知ることで、自分が造りたいジンの具体的なビジョンが少しずつ見えてきました」。ポイントは、その土地の風土と地元の食材を最大限に活かすことでした。

アカエゾマツの濃厚な香り

一般的に、ジンの風味を決めるのは、ジュニパーベリー(セイヨウネズともいわれる針葉樹の実)です。しかし、それ以外のボタニカルなフレーバーも許容する懐の深さを持っているのが、ジンがユニークなスピリッツと言われる理由です。「積丹の持つすべてを活かし、積丹の自然に新たな価値を付加する。これはビジネスのすぐれたコンセプトであると同時に、おいしいジンを作るためにはどの素材が最適かを決定するプロセスでもあります」。

幸い、ジュニパーベリーの近縁種のビャクシンが積丹に自生していました。まずは、ビャクシンをベースに、さまざまなスパイス、樹皮、根、花のブレンドを試しました。「私たちのジン造りは、積丹の森を具体的に理解し、天然成分全般を知ることから始まりました。それが積丹のジンをオンリーワンにすることだったのです」。岩井さんたちは最高の地元の植物を選択することに着手。約130種類を収集し、最終的には約30種類に絞り込みました。

ジンの主な風味として、岩井さんが最終的に選んだのが「アカエゾマツ」でした。「森の散歩を思い出させるような味わいを感じてほしくて。それを完璧に実現できるのが、アカエゾマツの濃厚で樹脂のような香りでした」。しかし、綿密な植物の選択だけが、岩井さんのジンを際立たせているわけではありません。

植物が生み出す独特の風味

岩井さんたちの蒸留プロセスは、それぞれのフレーバーを個別に蒸留した後に、最終的なブレンドをするというもの。手間と時間がかかりますが、さまざまな植物を試して、フレーバーの完璧なバランスを生み出すことができます。岩井さんは深いオレンジの香りを持つアカエゾマツを基調に、花や柑橘系の香りを加えています。「私たちは町から借りている農地でほとんどの素材を栽培しています。それによって、地元の人や訪問者に蒸留プロセスを担っていただくことになったのです」。

さまざまなボタニカルが魅力となり、従来のジンでは考えられなかったユーザーの獲得にもつながりました。「私たちの約60%を占める女性のお客様から高い反響をいただいています」。日本酒やビールといった低アルコール度数に慣れている日本では、かなり珍しい状況です。アルコール度数が高いジンで、地元の植物が生み出す独特の風味が女性たちの関心を呼んだのですから。「ジンとドライトニックウォーターのペアリングをおすすめしていますが、多くのお客様には、そのままのフレーバーをお楽しみいただいています」。

次のチャレンジは?

2017年の創業以来、積丹スピリットはジンの3つの異なるブレンドを発売していますが、次のステージとして考えているのは何でしょう?

「私たちは、農村開発プロジェクトとしてのルーツを大事にしています。視野に入れているのは、植物のバリエーションをさらに増やし、ショールームの一部でさまざまな素材を紹介する『植物ライブラリ』を作ることです」。

また、ジン関連のトレンドでは「オーダーメイドジン」に注目しているそうです。ユーザーに好みの素材を持ち込んでもらい、それらからジンを作ることで、植物愛好家とジン愛好家の両方をつなげることを目指しているとのこと。岩井さんたちの新たな挑戦から、今後も目が離せません。

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