「日本料理=昆布=北海道」という常識を疑う
世界各国で20年以上も活躍していた日本料理調理人の石井さんが帰国したのは2020年12月のこと。COVID19のパンデミックは、石井さんにとってこれまでの経験を見つめ直すチャンスになりました。日本料理の根幹をなす農家や漁師、仲間たちと会うために日本中を旅する中で北海道を訪れた石井さんに、日本料理と北海道の関係について伺いました。
Profile
日本料理調理人
石井義典(いしい よしのり)さん
京都で調理人としてのキャリアをスタート。ジュネーブの国連日本大使館料理長を勤めた後、世界的に有名なニューヨークのMORIMOTOで腕を振るう。ロンドンの日本料理店UMU(うむ・生)では、京都スタイルの懐石料理を英国に持ち込み、5年連続でミシュランの2つ星獲得に貢献。海外で最も成功した日本の調理人の1人と言われている。
北海道で食材を巡る料理の冒険へ
北海道では自由を感じました。行きたい場所を訪ね、地元の人と話をし、調理人の視点で北海道を眺めることができました。しかし一方で、北海道はまだまだ商品化されていないと感じます。良くも悪くも、北海道はまだ料理界のグローバルブランドではなく、ニューヨーク、ロンドン、さらには東京のテーブルには届いていません。ですが、インターネットで訪問先を検索していた時にはヒットしなかった食材が、実際に訪れてみるとたくさんある。北海道は、まだ知られていない食材の宝庫です。今回の来道は私にとって、食材を巡る料理の冒険になりました。
漁師たちの仕事は料理の延長線上にある
私自身釣りが大好きなこともあって、地元の漁師に会うことを常に心がけています。ヨーロッパに住んでいたときからそうでした。調理人として、食材がどこから来ているのか知っていなければなりません。漁師の仕事は料理の延長線上にあると考えているので、漁師と話すことは重要です。道東の知床周辺には、本当に刺激的な地元の漁師がいます。その1人が、同じ志を持つ若い漁師の地元グループ「波心会」を率いる林強徳さん。漁業をビジネスとしてではなく、より全体論的なものとして見ている林さんの姿勢は、ヨーロッパでも珍しいですね。波心会は過去のやり方に挑戦するグループで、たとえば鮭の乱獲を防ぐために一般的な売れ筋ではない魚に焦点を当てるなど、彼らの活動は本当に特別です。
地元の人々との会話から新しい食材を調達
私が料理のために新しい食材を調達するのは、林さんなどの刺激的な地元の人々との会話を通してということがほとんどです。そのために、常に地元の漁師や農家と協力し、仲買人に先んじて直接のつながりを確立しています。今回の旅でも、チョウザメの可能性を再発見しました。漁師たちが自分たちの分野で革新を試みているように、私はその考え方を料理に取り入れようとしています。
その国の食べ物はその地域の力から生まれる
ほとんどの調理人は、日本料理で重要な食材は昆布と答えるでしょう。昆布は出汁をとるために不可欠であり、ほとんどの日本料理のベースとなるものです。その昆布の9割以上が北海道産で、北海道が日本料理の核となるという見方が多いことも理解できます。しかし私は、その考え方は狭すぎると思います。その国の食べ物はその地域の力から生まれる、そう考えているからです。
日本の料理について考えるとき、「北海道の昆布」といった特定のフレームに執着してしまうと、可能性を制限することになります。私は日本で多くの第一次産業の中心地を訪れ、これらの地域がどのように日本料理のコアを形成しているかを再認識しました。北海道も例外ではありません。目の前にあるものを見て、土地が与えてくれるものを利用する、これが地元の食材の本当の意味です。
北海道のラム肉で日本料理を進化させる
地元の人々が特定の食材についてどのように考えているかを理解するためにも、実際に訪問することが重要です。これはとても自然なやり方だと思いますし、料理にもダイレクトに反映できます。京都の調理人には衝撃的だと思いますが、北海道で私が考える食材はラム肉です。伝統的な日本の食材ではないものの、ラム肉は間違いなく今日の北海道のアイデンティティの一部です。絶えず進化している日本料理の世界では、その土地の本当の流れを理解することが必須です。開拓地であった北海道は、常に変化のスピードが速いようです。これも実際に北海道を旅した私自身の実感です。