利尻島をバックカントリーの聖地に~ネイチャーガイドの挑戦

北海道の最北部に位置する利尻島は、周囲わずか60キロメートル、車を使えば約60分で一周できる小さな島です。その中央には標高1,700メートルを超える利尻山がそびえ立ち、頂上からの360度の景色は古くから登山愛好家に愛されてきました。
しかし長年、この離島への観光客は夏の3ヶ月に集中し、それ以外はほぼ閑散としていました。この状況を打破したのが、ネイチャーガイドの渡辺敏哉さんです。渡辺さんが仕掛けたバックカントリースキーツアーは、冬の利尻を国内外の愛好家が集う目的地へと変えました。
Profile
ネイチャーガイド、ペンション経営
渡辺敏哉(わたなべ としや)さん
利尻島生まれ。本州での勤務を経て、2003年に家族のホテル事業を手伝うため帰島。現在は「まるぜん観光」を運営し、島内で唯一のフルサービス型ネイチャーツアーオペレーターとして活動。冬期には利尻富士のバックカントリーガイドツアーを主催。礼文島のツアーも手がける。
夏に偏っていた島の観光の課題を解決したい
利尻島の人口は約4,300人。観光と漁業が主要産業で、島を訪れる客は二つのタイプに限定されていました。利尻山の頂上を目指す登山者か、島を一周する観光バスツアーの利用客。オフシーズンには観光がほぼ存在しませんでした。
「夏の3ヶ月間は非常に忙しいのですが、それ以外の時期は訪問者がほぼいなくて」と渡辺さんは振り返ります。この季節格差を何とかしたいという想いが、新しい事業の出発点となりました。
利尻島の冬の可能性への挑戦が始まった
そして2004年、渡辺さんは冬シーズンに目を向けることにしました。「北海道といえば冬。特に極上のパウダースノーです。利尻山の独特の地形を考えると、冬の特別なアクティビティを提供するのは自然な発想だと思いました」。
利尻山は円錐形の休火山。一見単調に見えますが、実は尾根や谷間が複雑に入り組んでいます。この地形こそがバックカントリースキーやスノーボードに最適なのです。「ゲストにバックカントリープログラムを提供しようと決めてから、毎冬毎日スノーボードを持って山に入りました。どの斜面がターンに適しているか、自分の目で確認して歩いた結果、この山は間違いなくバックカントリーの聖地だと確信しました」。
すべてのレベルの愛好者が満足できる環境
利尻という名前はアイヌ語で「高い峰のある島」を意味します。この名の通り、渡辺さんが最も強調するのは眺望の素晴らしさです。「山頂に立つと、眼下に広がる斜面がそのまま海へ向かって落ちていくように見えるんです。本当にユニークな景色なんですよ。」
高い山の頂上から眼下に海が迫る下り斜面という体験は、国内でも稀有です。さらに利尻山の優位性は、豊富なコースの選択肢にあります。夏の登山では山頂へのルートは限定的ですが、冬は山全体が雪に覆われ、毎日の気象条件に応じて異なるアプローチが可能になります。「気象条件に基づいて8つのエリアを特定しました。毎日違う地形に出会えるので、何度訪れても新鮮です。この多様性こそが人々を惹きつけるのだと思います」。
尾根沿いの急峻な地形は経験豊富なバックカントリースキーヤーに。樹木限界下の比較的緩い斜面は初心者の練習エリアに。すべてのレベルの愛好者が満足できる環境が整っています。
離島のバックカントリーの魅力を粘り強く伝えた
しかし当初、真冬の離島で行うバックカントリーの魅力を伝えることは容易ではありませんでした。「最初の1年目は4人のお客さんでした。翌年も劇的には増えませんでしたが、諦めず続けていたら、年を重ねるごとにお客さんが増えていったんです」。
粘り強い取り組みが実を結びました。2019年のコロナ禍前最後の冬シーズンには、800人以上の客が利尻でバックカントリーを楽しむようになっていました。わずか15年で来客数は200倍近くに達したのです。
ニセコにない価値が利尻島にはある
北海道のスキー場といえば、ニセコが世界的に知られています。「ここ数年、北海道の極上パウダースノーを求めて、世界中から多くのスキーヤーやスノーボーダーが訪れるようになりました。ニセコも大人気ですが、最近は混雑を避けたいと考える方々が新たなエリアを探り始めています」。
利尻が注目される理由は明確です。バックカントリースキー環境としての完成度、そして季節限定の訪問客にとって非常に高い魅力があるということです。
「2019年の冬シーズンでは70%以上が海外からのお客様でした。オーストラリアやヨーロッパ、北米からの観光客の多くは、ニセコの混雑を避けるため、別の選択肢を求めてここへ足を運んでくるようになったんです」。
今、世界の観光地の多くはオーバーツーリズムが課題となっています。「利尻は誰にも会わずに何時間も過ごせる場所です。喧騒とは無縁なこの環境こそが利尻の本当の価値です」。冬の課題は、今では利尻の強みへと転換しました。冬の静寂と深雪が創り出す世界は、人工的な整備を施したスキー場では決して味わえません。
「再び多くのお客さんをお迎えできるようになったら、利尻島の本当の魅力をこれまで以上にお伝えできると思います」。渡辺さんのこの言葉は、利尻の未来を象徴しています。2004年の小さな一歩から始まった挑戦は、利尻島を冬のバックカントリーの拠点へと成長させました。本物の自然と向き合いたい人たちにとって、利尻島は確かに聖地となったのです。










