標津町の漁師が描く、海と共生する未来図

北海道の北東端、根室地方に位置する標津町は、ユネスコ世界自然遺産の知床国立公園に隣接する人口5,000人の漁師町です。アイヌ語で「鮭の多い場所」を意味する標津は、サケ漁で栄えてきた北海道の重要な漁業地。今も標津町の経済はサケをはじめ、ホタテ、マス、甲殻類の養殖に支えられています。
この標津町で、新しい時代の漁業と観光を実践している漁師がいます。それが林強徳(はやし つよのり)さんです。志を同じくする地元漁師たちと共に漁業の6次産業化に取り組む林さんの物語は、変わりゆく海との向き合い方を私たちに教えてくれます。
サケの漁獲量減少に直面する標津町
「標津といえばサケですが、近年、漁獲量が減ってきているんです」と林さんは語ります。標津町を含む北海道の漁業は深刻な課題に直面していますが、その原因は一つではありません。乱獲、気候変動による潮流の変化、それに伴う魚の生殖パターンの変化。これらの複数の要因が絡み合い、かつてのように豊かなサケの漁獲は望めない状況になっています。
国内外の地政学的な影響も、北海道の漁業経営に影響を与えています。かつての主要な漁場での漁獲制限は、漁師たちに新たな経営判断を迫ります。こうした状況の中で、標津町の漁師たちは何をすべきなのか——林さんの答えは明確です。
海の変化に対応するための新たな漁業戦略
「この町はサケ漁で成り立ってきました。ですが、この海域には他にも豊かな海の恵みがあります。大切なのは、海に目を向け、何が起こっているかを理解することです。北海道の漁師は、海とともに進化する必要があります」と林さんは語ります。
林さんが会長を務める波心会(はっしんかい)では、漁師が自ら獲った魚を加工して販売する6次産業化を手がけています。その戦略は、カレイやブリ、ホタテなどの魚種へのシフトです。標津ではこれまで「人気のなかった魚」ですが、競争が少なく、確保しやすい水域で安定的に漁獲できるという利点があります。
「多くの人は、古いやり方を変えることができずにいます。でも、私たちの漁業技術は確かに発展しました。その代わりに海への感謝と敬意が失われてはいないか。私たちは、そこからもう一度考え直す必要があります」。
漁師としての矜持を示す「本物の価値観」
青森県で生まれ育った林さんは、小学生の時に学校の遠足で地元の漁港を訪れました。そこで目にしたのは働く父親の姿。「あんなふうに生きたい」——その一瞬が、林さんの人生を決めました。
林さん一家は、やがて標津町に移住します。最初は町の外部から来た人間として見られていましたが、ビジネスを立ち上げ、その成果を築いていきました。「父は本物の漁師でした。それは単なる仕事ではなく、父の人生そのものだったんです」。
その言葉には、単に生計を立てるだけではない、漁師としての矜持が感じられます。本質的に命をいただくのが漁師の仕事。海が与えてくれるそれぞれの命を尊重し、その思いが最終的に消費者のもとへ届くこと。林さんはそれを大切にしています。
標津町の海の恵みを函館や東京のレストランへ
波心会の活動の大きな柱が、漁師と消費者の距離を縮めることです。林さんは函館や東京のレストランと個人的な関係を築き、自分たちの価値観に共感してくれる飲食店との取引を進めています。「ひがし北海道」というブランドとしての統一感を持たせることで、単なる「安い海産物」ではなく「思いのこもった北海道産水産物」として価値を高める戦略です。
単なる大量漁獲に頼る時代は終わりました。だからこそ、標津町の漁師たちの思いに共感してくれる消費者と直接つながることが、持続可能な漁業経営につながるのです。
本物の体験を提供する漁業体験ツアー
林さんと波心会が最近力を入れているのが、観光を通じて海への理解を深める活動です。秋季の産卵期には、地元の学生たちを実際の漁船に乗せ、北海道の海の自然を直に体験できるツアーを行ったこともあります。
「多くの人が本物に興味を持っていることに気づきました。本物の漁師と一緒に本物の漁船に乗って海に行く感覚は、観光船に乗るのとはまったく異なります。」これが本格的な観光事業になり、標津への来訪者を増やすことを期待しています。「標津は漁師町ですから、私たち漁師が人々に本物の体験を提供することは理にかなっています」。
海と共に生きる北海道の漁師の役目
林さんたちの挑戦は古い習慣を打ち破ることから始まります。時には摩擦も生じますが、志を同じくする仲間たちと共に標津町の漁業の未来を創り直そうとしています。その中で、林さんが貫くのはシンプルで力強い信念です。
「私たちはサラリーマンではなく、経営者でもない、単なる漁師です。できる限り海に近い場所で生き、そして生命を育むこと。海が与えてくれるものを受け取り、敬意を持って扱い、その命と私たちとを意味のあるものとして結びつけること、それが漁師の役目です」。
北海道観光の際は、広大な自然の知床国立公園を巡るだけでなく、標津町でこの地に生きる人たちの思いに触れてみてください。漁師の営みを間近に見学し、本物の海の体験をすることで、北海道の新たな魅力が見えてくるはずです。










