小樽の黄金期を今に伝える旧青山別邸

小樽の黄金期を今に伝える旧青山別邸

北海道を代表する観光地・小樽。運河沿いに並ぶ赤レンガ倉庫、見事な古い銀行建築、独特の街並みなど、日本でもここでしか見られない異国情緒あふれる風景が広がっています。この歴史的な景観の背景にあるのが、かつてこの街を日本有数の富裕都市へと押し上げたニシン漁の繁栄です。戦前から昭和初期まで、小樽の経済力と人口は札幌を上回るほどでした。


その栄光の時代を今に伝える建造物の一つが、旧青山別邸です。ニシン漁の大網元として巨万の富を築いた青山家が、1923年に莫大な費用をかけて建造した木造2階建ての邸宅。この建物を保存し、誰もが訪れられる施設「にしん御殿小樽貴賓館」として生まれ変わらせたのが、現オーナーの佐藤美智夫(さとう みちお)さんです。佐藤さんの情熱の物語から、北海道とニシン漁の歴史の奥深さを知ることができます。


ニシンがもたらした小樽の黄金時代

小樽の繁栄はニシン漁によってもたらされました。1860年代初頭、明治時代がはじまったばかりの頃、小樽沖での年間漁獲量は約3万トン。それが、わずか30年余りの1897年には約1億トン近くまで激増します。この間、小樽の人口も1,000人強から6万人へと急速に膨らみました。地元の人々が「ニシンのゴールドラッシュ」と呼ぶこの時代、全国から漁師たちが集結し、活気に満ちた港町へと変貌を遂げたのです。


なぜこれほどの価値があったのか——それは、獲れたニシンの大半が本州で肥料として活用され、当時の日本の農業近代化を支えたからです。この産業資源によって、ニシン漁業者たちは莫大な富を築きました。その象徴が、現在も小樽に残る倉庫や銀行建築、そして郊外に建てられた豪華な別荘群です。


旧青山別邸——日本の美が集まる場所

旧青山別邸の最大の特徴は、建物そのものの歴史的価値と、その内部に収蔵されている美術品・骨董品のコレクションです。ここに集められた作品群は、単に小樽の歴史を物語るだけではなく、日本の文化遺産そのもの。その価値が認められ、国の有形文化財としても登録されています。


邸宅の広さは延べ約630平方メートル。比較的コンパクトな空間にこれほど充実した歴史的作品の数々が展示されている場所は、他にそう多くありません。建物を巡りながら、ニシン漁の栄光の時代に思いを馳せ、当時の人々の生活や美意識に触れることができます。


庭園を見渡すレストランでは、新鮮な海の幸と地元産の季節の食材を使った料理が味わえます。特に夏場は、百花繚乱と咲き誇る庭園の美しさが格別です。


保存と継承——歴史遺産との向き合い方

「当初、旧青山別邸を購入することは非常に困難でした。資金の制約だけでなく、大手ホテルチェーンとも競争していたのです」と佐藤さんは振り返ります。それでも、歴史への強い思いが前オーナーたちの心を動かし、1989年に一般公開へこぎつけました。


しかし、所有後の道のりは決して平坦ではありません。最大の課題は、古建築の維持管理です。旧青山別邸は日本固有の樹種と、既に製造されなくなったガラスを用いて建造されています。「現在のところ、当時の工法に適った材料を調達することはできていますが、今後も調達可能かは不透明です」と語る佐藤さん。そのため、修復が必要になると、全国でも指折りの古建築修復技術を持つ京都の専門業者を呼び、対応してきました。


地元の子どもたちがもたらした希望の光

来館者数の変動も佐藤さんの悩みの種です。開館当初は大いに盛況でしたが、時間とともに入館者が減少しました。クルーズ船の寄港により一度は外国人観光客が増えたものの、新型コロナウイルスの影響でまた下降傾向へ。パンデミック中は赤字経営が続いたにもかかわらず、スタッフの雇用を守り続けたといいます。


転機は予期しない形で訪れました。「外国人観光客は減りましたが、地元の子どもたちがこの地域の歴史に関心を持ち始めているのを見て、本当に嬉しくなりました」と佐藤さん。小学校の授業の一環として、児童たちからのリクエストで団体来館が実現しました。こうした動きが、佐藤さんに新たな希望をもたらしているのです。


建物を守る情熱も一緒に受け継いでほしい

佐藤さんの最大の関心事は、旧青山別邸を引き継ぎ、現在の形での運営を続ける後継者を見つけることです。「私はこの建物に心と魂を注ぎこみました。これは情熱のプロジェクトです。この情熱を共有してくれる人を心から探しています」。関心を示す投資家や企業の多くは、商業的観点からのアプローチです。「例えば、ホテルに転用して簡単に利益を得ようという発想は考えていません」と、佐藤さんは毅然とした態度を貫いています。


「時々、旧青山別邸が私に話しかけているような感覚になります。単に最高値で売却するのではなく、これらの遺産を正しく保全するように語りかけているのです」。古い建物に漂う独特の精神性が、佐藤さんの言葉に重みを添えています。


小樽を訪れる際には、ぜひ旧青山別邸を立ち寄り先に加えてみてください。ニシン漁の黄金時代から今へ続く北海道の歴史を直に感じることができる、唯一無二の場所です。


人気記事ランキング

札幌から日帰りで行けるおすすめスポット10選
more
さっぽろ雪まつりだけじゃない!北海道の冬のまつり12選
more
いつが見頃? 北海道のラベンダーおすすめスポット
more
子どもも大人も楽しめる!北海道の工場見学
more
北海道だからできる!冬のアクティビティ10選
more
ページトップへ