雄大な大雪山連峰に抱かれた東川町で、 移転してきた酒蔵の酒を味わう旅へ!
北海道の酒どころを訪ねる旅シリーズ【新しい北海道のお酒を味わおう!】
道内各地に増えているワイナリーをはじめ、日本酒の酒蔵が次々と誕生するなど、今や北海道は「酒どころ」として注目を集めています。ソムリエや唎酒師の資格を持つお酒のプロの松岡さんと一緒に、北海道の新しいお酒を訪ねる旅に出かけましょう!
旅に出たのはこの方!
「祥瑞 札幌(しょんずい さっぽろ)」店主
松岡 修司(まつおか しゅうじ)さん
■プロフィール
1958年、東京都生まれ。サラリーマン時代、バブル期を東京で過ごし、ほぼ毎晩ワインを飲みながら多彩な料理を食べ歩く。1993年にサッポロファクトリー「札幌葡萄酒館」の開業に携わり、そのまま札幌に移住。2008年にオーナーソムリエとして「祥瑞 札幌(しょんずい さっぽろ)」をオープン。
【主な資格】ワインコーディネーター(ソムリエ)、日本酒唎酒師、焼酎唎酒師
公設民営型の酒蔵に応募したのは、長い歴史を持つ岐阜県の三千櫻酒造。
2020年、北海道屈指の米どころとしても知られる東川町に、全国でも珍しい「公設民営型」の日本酒蔵が誕生しました。酒造場は町が用意し、酒造りは酒蔵に一任するというもので、ここに岐阜県中津川市で140年以上の歴史を持つ三千櫻酒造が引っ越してきたのです。現役の日本酒蔵が長距離を移動するのはまさに前代未聞の挑戦。東川町を訪ねて、代表取締役の山田耕司さんにお話を伺いました。
「創業から使っていた蔵が古くなったので、移転先を探していたのがきっかけです。温暖化の影響で冷却作業に時間と手間がかかるようになっていたので、どうせ移るなら寒いところがいい、それならやっぱり北海道だということで」
酒蔵は、その土地で代々酒造りをするのが一般的です。東川町に移転してイチからやるというのは勇気のいる決断だったと思うのですが……。
「僕の友人から公設民営型酒蔵の公募の話を聞いたんです。家族や従業員とも話し合って、これからもいいお酒を造り続けるための絶好のチャンスだと思いました」
温度と湿度をコントロールする匠の技と、できるだけ自然体で酒を造るスタイル。
新しい酒蔵に入ると、清潔感にあふれた空間に酒飲みの五感を刺激する香りが漂っています。
「前の酒蔵に比べるとかなりコンパクトですが、使い勝手は格段に良くなりましたね」
麹室では、蒸したばかりの種麹に毛布をかけて寝かせています。
「積んだ場所によって温度が変わってくるので、広げてかき回して空気を入れ、温度をそろえていくわけです」
麹づくりでは、温度に加えて湿度がポイントになります。
「ここがきちんと管理できていれば大丈夫。あとは米の力に任せるだけです」
蔵には仕込み中のホーロータンクが並んでいます。酒造りでは、櫂(かい)という棒状の道具で水と麹と蒸米を混ぜる「櫂入れ」という作業が行われることもあります。
「うちはあまり櫂を入れません。造りかた次第ですけど、櫂を入れても入れなくてもそれほど変わらないですよ」
できるだけ自然体で酒を造るというのが山田さんのスタイルだそうです。
「あまり余計なことはしたくないんです。無理にかき混ぜなくても、醸しているとタンクの中でゆっくり回っていきますからね」
大雪山系からの豊かで清らかな地下水が、いい酒米を育てて、いい日本酒になる。
日本酒には米と水が重要です。実際に東川町で酒造りをした感触を尋ねてみました。
「やっぱり環境がいいですよね。北海道米はおいしいと評判ですし」
山田さんは、地元の農家と協力して「彗星(すいせい)」と「きたしずく」という品種を育てて、東川だからこその酒米作りをしています。北海道米で造ったお酒の出来はどうだったのでしょう。
「この前に搾った"きたしずく"が、僕としてはやっとできたかなという感じです。これからどんどん良くなっていくでしょうね」
「水も中津川に比べると硬めですが、何と言ってもミネラルたっぷりの天然水ですから」
東川町は全国でも珍しい上水道のない町です。大雪山系からの地下水をそのまま使っているため、水道料金が無料なのです。東川町内には、この水を求めた移住者がオープンしたレストランやカフェなども少なくありません。
「酒造りに水は重要ですが、水が悪いところでも酒はできます。でも水質の良さというのはやはり好条件です。たくさんの水を使う日本酒造りには、東川町は最高の環境だと思います」
目指しているのは、どんな料理にも合う、どんな温度帯でもおいしいお酒造り。
料理の邪魔をしない上品な飲みやすさ、それが三千櫻酒造のお酒の一番の特徴です。
「僕がもともと能登杜氏なので、金沢酵母を使っています。香りは派手ではないですが、品の良い穏やかなお酒に仕上がります」
お酒はあくまでも料理に寄り添うもの、というのが山田さんの考えです。
「どんな料理にも合う、どんな温度帯でもおいしいお酒をご提供するのが、蔵元としての正しい姿勢だと思っていますから」
火入れ(加熱処理)をしたお酒と、滴り出したままの生の原酒を試飲させていただきました。原酒は香りが立って、口に含むと滑らかで、ほんのりとした甘みが分かります。
「もう少し大きいワイングラスなんかで飲むと、もっと香りが際立つと思います」
火入れをしたお酒は瓶詰めして2週間ほど経っているそうですが、まだピチピチした泡を感じます。
「絞りからダイレクトに直火を入れるので、かすかに炭酸は残ります」
甘みが口の中に残らずに、すーっと消えていくのがいいですね。北海道のお酒の良さが改めて実感できます。
本州の酒蔵とのコラボレーションや、グローバル市場を見据えた展開にも期待。
今年度から「北海道の酒アワード(Hokkaido Sake LOVE Awards)」がスタートするなど、北海道の新たな観光の資源として、道産日本酒が期待されています。このアワードでは、三千櫻酒造の「三千櫻 彗星45 東川ノ雪」が専門家部門賞を受賞しています。
「アワードでグランプリを取った、茨城県の結城酒造とのコラボを計画しています。来年の4月に結城酒造のお酒をうちで仕込むんですよ、タンク1本」
できたお酒は三千櫻酒造と結城酒造で半分ずつ販売されるそうで、今から楽しみです。
[追記]結城酒造の女性杜氏、浦里美智子氏が三千櫻酒造で造った「みちこざくら」が2022 年 6 月に発売。同年5月11日には結城酒造が火事で全焼するという不幸があり、この「みちこざくら」が酒蔵再建への最初の一歩となりました。
また東川町では、日本酒造りを学ぶ外国人を受け入れるプロジェクトも進行中だそう。
「うちの蔵で研修して、それぞれの国に技術を持ち帰ってもらおうというプロジェクトです。少しずつでもいいから、日本酒の魅力を世界に広げていきたいですね」
日本酒も、グローバル市場を見据えた展開が求められる時代になっています。その先駆けになりそうな東川町で、三千櫻酒造のお酒と料理を楽しんでみてはいかがでしょう。町内にはランチタイムからお酒が飲めるお店もあるので、雄大な大雪の山々を見ながら昼酒を嗜む……なんてぜいたくもできますよ。