アイヌ文化の共有をライフワークにするアーティスト

アイヌ文化の共有をライフワークにするアーティスト

北海道の文化を体験したいなら、アイヌのアーティスト・小川基(芸名:ToyToy)さんの活動は見逃せません。トンコリやムックリといったアイヌ伝統楽器の演奏、切り絵で表現したアイヌ文様のアート作品。その多彩な活動を通じて、北海道の真の歴史と文化が見えてきます。

Profile

小川基(おがわ もとい)さん

芸名:ToyToy(トイトイ:アイヌ語で「土の魂」という意味)

1972年札幌市生まれ。アイヌルーツ音楽家として、トンコリ(樺太アイヌ五弦琴)とムックリ(アイヌ口琴)の演奏活動を展開。同時に、切り絵でデザインしたアイヌ文様のアクセサリーやアート製品を制作するアイヌ文様切り絵作家として活動。ウポポ(唄)やリムセ(踊り)のワークショップ指導も行っている。

受賞・出演歴:東京オリンピック北海道代表、TEDxSapporo登壇など、国内外での文化発信活動を積極的に展開中。


アイヌ文化とは——北海道の1000年の物語

北海道には、日本本土とは異なる独自の歴史があります。アイヌは少なくとも1000年前からこの大地に根付いてきた先住民族です。1869年に明治政府が北海道を統治し始めたとき、アイヌは日本国籍を得ると同時に、伝統的な生活方式を手放すよう社会的な圧力を受けることになりました。


やがてアイヌ語は話される機会を失い、伝統工芸や音楽は受け継ぎ手を失っていきました。こうした歴史背景を踏まえ、北海道は2020年、アイヌ文化の復興と発展の中心施設「ウポポイ(民族共生象徴空間)」を白老町に開設しました。


小川基の人生——二つの世界の間で

1972年に札幌で生まれた小川基さんは、アイヌコミュニティの中で育ちました。しかし学校に通い始めると、その環境は大きく変わります。「クラスで唯一のアイヌの子どもでした。受け入れてもらえず、話しかけることもできません。まるで生き地獄でした」。なぜ自分だけ違うのか。その問いを何度も自分に投げかけながら、彼は自分のアイデンティティを隠そうと必死でした。


そして18歳のとき、小川さんは逃げるように沖縄へ移住します。琉球王国の伝統を今に伝える沖縄で、初めて異なるものとしての自分を受け入れる社会に出会いました。「心を開いて、初めて自分のルーツを語ることができました。まるで巨大な重りが肩から降りるような自由を感じました」。


そんなある日、地元のバンドメンバーにアイヌの唄を歌うよう勧められた小川さん。「アイヌの唄は知らない」と答えると、相手から「唄も歌えないで何が民族だ」と怒られたのです。琉球文化への誇りを胸に活動する人の前で感じた恥ずかしさ。それが転機となり、小川さんは北海道に帰ってアイヌ文化を本気で学ぶことを決心しました。


祖父母から受け継いだアイヌの伝統唄

祖父母の元に帰った小川さんは、失われたアイヌの伝統唄を学び始めます。祖父母がアイヌの唄を歌い始めたとき、幼少期の記憶が一気に蘇りました。「何年も心の奥底に封じ込めていた過去が、祖父母の愛情で目覚めたのです。すべての唄は、私が子ども時代から覚えていたものでした」。


こうして彼は、トンコリ(樺太アイヌ五弦琴)とムックリ(アイヌ口琴)の演奏を本格的に始めました。これらの楽器が奏でる音色には、北海道の大地と先人たちの想いが詰まっています。今、小川さんは各地でコンサートやワークショップを開催し、ウポポ(唄)やリムセ(踊り)を指導しています。


アイヌ文様を使ったものづくりで文化を「日常」に

アイヌ音楽を学ぶ傍ら、小川さんは伝統的なアイヌ文様の切り絵制作に没頭するようになります。20代は苦悩の中にありました。文化を学んでも、日本社会でアイヌとして生きる道が見えない。仕事も定まらず、ライブで稼いだお金をその夜のうちに使ってしまう日々。夜中に何時間もかけて切り絵を作り、昼間は眠る生活を繰り返していました。


このままではいけない。自分も誰も幸せにならない。そこで彼の人生に転機が訪れます。アイヌ文様を「他者と共有する」ことを目標に、ものづくりを始めたのです。最初はペンダント。次にTシャツ。やがて日常生活で使えるあらゆる製品へと広がっていきました。アイヌの美しい文様を身近に使うことで、自然と文化への理解が深まっていく。その思いが、北海道全域のデザイナーや職人たちとの新しいつながりを生み出しました。


今、小川さんの作品は単なる工芸品ではなく、文化と現代生活の架け橋になっています。伝統的なアイヌ文様だけでなく、和紙や千代紙といった日本の伝統技法と融合させたオリジナル製品も生み出しています。札幌を代表するストリートカジュアルブランドとのコラボレーション作品も話題です。

グローバルな視点で発信するアイヌ文化

小川さんの活動は北海道の枠を超えて、国際的なステージに広がっています。2020年の東京オリンピックでは、北海道を代表してアイヌ文化を世界に紹介しました。TEDxSapporoでは、自身の経験と文化の継承について講演し、グローバルな視点で民族文化の意味を語りかけています。


彼のメッセージは明確です。「今、私は心から信じています。アイヌと日本の文化は共存できるのだと」。民族や文化による違いは、人間の本質の違いではありません。むしろ、その違いを理解し尊重することが、グローバル化する世界に必要な視点なのです。


北海道への旅は、単なる自然体験ではなく、この大地の歴史を学び、先人たちの思いに触れる機会でもあります。小川基さんの音楽、切り絵、そしてその背後にある物語との出会いを通じて、北海道の真の豊かさが見えてくるでしょう。

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