道南で35年ぶりの新しい酒蔵で、「郷の宝」の道南テロワールを感じる旅へ!
北海道の酒どころを訪ねる旅シリーズ【新しい北海道のお酒を味わおう!】
道内各地に増えているワイナリーをはじめ、日本酒の酒蔵が次々と誕生するなど、今や北海道は「酒どころ」として注目を集めています。ソムリエや唎酒師の資格を持つお酒のプロの松岡さんと一緒に、北海道の新しいお酒を訪ねる旅に出かけましょう!
旅に出たのはこの方!
「祥瑞 札幌(しょんずい さっぽろ)」店主
松岡 修司(まつおか しゅうじ)さん
■プロフィール
1958年、東京都生まれ。サラリーマン時代のバブル期を東京で過ごし、ほぼ毎晩ワインを飲みながら多彩な料理を食べ歩く。1993年にサッポロファクトリー「札幌葡萄酒館」の開業に携わり、そのまま札幌に移住。2008年にオーナーソムリエとして「祥瑞 札幌(しょんずい さっぽろ)」をオープン。
【主な資格】ソムリエ、日本酒唎酒師、焼酎唎酒師
うまいものの宝庫の道南に、地元のうまいものに合う地酒が誕生。
函館市を中心とする北海道の南部は「道南」と呼ばれます。太平洋、津軽海峡、日本海と3つの海に囲まれ、函館朝市に代表される海鮮のおいしさには特に定評のあるエリアです。その道南に日本酒の酒蔵が次々と生まれているというニュースを耳にして、久しぶりに足を運んでみました。お邪魔したのは、函館に隣接する七飯町に2020年12月に設立された「箱館醸蔵」。この地で約35年ぶりとなる新しい酒蔵が誕生した経緯や酒造りにかける思いについて、杜氏の東谷浩樹さんにお話を伺いました。
箱館醸蔵の冨原節子社長は町内の老舗酒販店「冨原商店」の店主でもあり、酒造りの勉強もされてきた方です。道南には山海の美味が豊富にあるのに、それに合わせる地酒がないことがずっと残念だったそうで、自分たちで道南の米と水を使って道南の風土に寄り添った地酒を造ろうと決心したのです。
「社長のそんな熱意に共感して、杜氏をお引き受けしました。ゼロからはじめる小さな蔵だからこそ、新しいことに挑戦できるのも楽しみでした」。
東谷さんは、増毛町の国稀酒造でも杜氏を務めた北海道を代表する名匠です。高校3年間を函館市で過ごしたこともあり、縁がある土地への恩返しの気持ちもあったそうです。人の縁にも恵まれて、社長の長年の夢だった「道南の地酒造り」がスタートしました。
米も水も人も、蔵に使う木も、全てが道南エリアの「郷の宝」。
箱館醸蔵の銘柄「郷宝(ごっほう)」は、文字通りに郷の宝という意味です。七飯町内で収穫した酒米や、仕込み水となる横津岳の伏流水、そしてお酒を造る人々、その全てが道南地域の郷の宝だという思いをこめて名付けられました。読み方を「ごうほう」ではなく「ごっほう」にした理由を取締役の冨原剛さんに尋ねると「函館に多い外国人観光客の方にも発音しやすい名前にしました」とのこと。確かに口に出してみると、「ごっほう」の方が力強く、また印象にも残るいいネーミングだと思いました。
道南のスギ材がふんだんに使われている蔵には、木の香りが漂っています。北海道内で道産木材を使用した建築物を認証する「HOKKAIDO WOOD BUILDING」にも登録されているそうで、無垢材の床を歩くとスギのやわらかさとぬくもりを感じます。ここにも「郷の宝」が使われているのですね。ちなみに蔵の一部は見学可能で、1階では一部商品を試飲して購入することもできます。
そんな蔵を見学して驚いたのは米へのこだわりです。農家からは玄米の状態で仕入れて、精米機で精米しています。また酒造りの要となる麹も、35℃に保たれた製麹室で、全て手作業でつくられたもの。「地元の農家さんが丹精こめて育ててくれた宝ですから」と語る東谷さん。製麹室の窓がこんなに大きな蔵も珍しいと思います。小規模でコンパクトな酒蔵だからこその、まさに「目の届く酒造り」が行われていました。
ここでなければ造れない、ここでなければ飲めない「淡麗旨口」。
東谷さんがこだわっているのは、スッキリとしていながら、米の旨みを感じることができて、しかもキレがいい「淡麗旨口」の酒造りです。
「普通は淡麗なら辛口ですし、僕も今まではそんな淡麗辛口を醸していました。でもこの蔵では、相反する『淡麗』と『旨口』を両立させる酒が造りたかったんです」。
郷宝に使われているのは、北海道の酒造好適米「吟風(ぎんぷう)」「彗星(すいせい)」「きたしずく」の3種類です。「3つとも個性があって、それぞれ違う味わいの酒になるんですよ。うちでは米をブレンドせず、それぞれ単一で酒造りに使っています」。
3つの酒米のうち、吟風で造られるのは特別純米のみです。杜氏ならどう飲むかを尋ねてみると「常温か、それよりちょっと低いくらいの温度。燗なら絶対にぬる燗ですね。酸が効いていますから」との答えが。
ワインもそうですが、お酒にとって食との相性を決める酸はとても重要なポイントです。日本酒にもいろんなタイプの酸があるのですが、いろいろ飲み比べてそれが分かってくるとぐんと面白くなりますし、日本酒の世界が一気に広がると思います。
吟風・彗星・きたしずく、それぞれの郷宝と合わせたい函館の味。
お話を聞くうちにたまらなくなって、蔵の一角で試飲をさせていただきました。
まずは「特別純米 吟風」から。香りはおだやかですが、味はしっかりしています。
近年道南で水揚げが増えているブリの照り焼きなど、味の濃い料理に合うお酒です。函館ではマイワシを使ったアンチョビのプロジェクトが進んでいるそうですが、それを使ったパスタやピザにもぴったりですね。
続いては「純米吟醸 彗星」です。口に含むと華やかな香りが鼻に抜けて、そのあとに甘みを感じます。旨みが強く、味のグラデーションが広がっていく感じですね。東南アジア系のスパイシーな料理や、函館市内の老舗中華店の花椒や五香粉を使った料理にもよく合いそうです。
最後に「純米吟醸 きたしずく」をいただきました。華やかな吟醸香が広がります。吟風と彗星のちょうど中間のような、酸味と旨みのバランスがとれたスタンダードな味わい。米の味を強く感じるので、津軽海峡のイカやマグロの刺身と一緒に楽しんでみたいと思いました。
3本とも雑味のないきれいなお酒でした。これが「淡麗旨口」なんですね。
地元と密に関わり合う酒蔵の心意気を味わいに、ぜひ道南・函館へ!
箱館醸蔵では副産物の米ぬかと酒粕を地元企業に無償で提供しています。石けんやリップクリーム、粕汁や酒粕ラーメンなど、さまざまな事業者が新商品を開発していて、一部の商品は箱館醸蔵でも販売されています。
「函館の五島軒さんでも、酒粕と郷宝に漬けたレーズンを使った郷宝チーズケーキを販売しているんですよ」。
スイーツと日本酒の相性も確かに良さそうです。これは一度食してみなければ!
近隣で郷宝を楽しめる居酒屋を東谷さんに尋ねると、思いつく限りということで3軒のお店を紹介してくれました。
「七飯町内では『料理こにし』さん、函館なら五稜郭の『魚まさ』さんですね。ちょっと変わったところでは、北斗市のフレンチレストラン『climat(クリマ)』さんでも郷宝を置いてくれています」。
フレンチとのマリアージュも、新しい日本酒の味わい方として実に興味深いです。
東谷さんが描く、今後のビジョンはどのようなものなのでしょう。
「今は日々の酒造りで精一杯ですが、地元と密に関わり合いながら、この先50年、100年と続くような酒蔵にしていきたいですね」。
日本酒造りには終わりがない、だからこそ面白いと語る東谷さん。ぜひ函館や道南を訪れて、造り手たちの思いがこもった「郷の宝」を味わってみてはいかがでしょう。