アイヌを対象とした奨学生制度の1期生として学ぶ。
札幌大学には「ウレシパ奨学生制度」があります。大学で学びたいというアイヌの若者のための奨学金で、私はその1期生です。当時、地元の大学を卒業して働いていたのですが、奨学金を受けながらアイヌ文化について学べる制度がスタートすることを知り、一も二もなく飛びついたという感じです。募集があることを知ったのが夏で、秋にはもう試験があったので本当にバタバタで。幸い、6名の合格枠に入ることができました。
大学での活動の拠点は「ウレシパクラブ」でした。「ウレシパ」とはアイヌ語で「育て合い」という意味で、アイヌと和人の学生が一緒にアイヌ文化を学ぶ試みです。先輩がいない1期生なので、みんなで話し合いながら手探りで活動を進めていました。「ウレシパ・フェスタ」というイベントや、小学校との交流・出前授業も初年度から継続してやっています。自分たちが、今のウレシパクラブの基盤をつくったという自負はありますね(笑)。
卒業後そのまま大学に残り、現在は「一般社団法人札幌大学ウレシパクラブ」の監事を務めるとともに、札幌大学職員として 20 ⼈ほどの学⽣のサポートをしながら、大学の科目の「アイヌ語II」も教えています。ウレシパクラブでは、アイヌの学生が半分、和人の学生が半分という構成のメンバーが、アイヌ語や伝統舞踊などのアイヌ文化の学習に取り組んでいます。アイヌだからといって特別扱いすることもなく、全員に同じ対応をするのが、指導者としての私のポリシーです。
経済的な問題で進学を諦めるアイヌの若者を支えたい。
子どもの頃から、身のまわりにアイヌに関するものはありませんでした。自分がアイヌ民族であることを知ったのは高校時代です。親からそう聞かされたときはショックを受けました。アイヌに関する知識といえば、中学や高校の授業でちょっと習ったくらいで、それもポジティブな内容ではありませんでしたから。ただでさえセンシティブな思春期に自分のアイデンティティを見失ったような気がして、よく親と衝突していましたね。
学生時代から足かけ10年も大学にいて、さまざまな学生を見てきました。また同じ悩みを抱えているなとか、あの時とはちょっと違うなとか。一人ひとりの学生は、個性も育ってきた環境も違うので、同じような悩みでも対応を変える必要があります。そこも面白いですね。卒業生には、サッポロピリカコタンやウポポイなどのアイヌ関連施設で働いている人も数多くいます。彼らがフィードバックしてくれる情報やアドバイスは、学生たちにとって非常に参考になります。
今の⽴場に⽴って実感するのは、アイヌの⽣活は本当に厳しいということです。いまだに経済的な問題で進学を諦めざるを得ない若者が多く、改善しつつあるものの⼤学進学率が低い。先輩の⼀⼈として、そんな状況をなんとか打破していきたいと切実に思っています。私のように奨学⽣制度を活⽤して学ぶことで、進路の選択肢を増やすことができます。⻑いようでとても短い4年間で、アイヌ⽂化をしっかり勉強した先には、もっと豊かで楽しめる⼈⽣が待っているはずです。
時代に合わせてアイヌ文化もアップデートしなければ。
シカやサケは、大きな袋を持ったカムイが山や川に放したもので、その一体一体はカムイではないという物語があります。昔のアイヌは、群れで動くものに意思はないと考えていたという研究もあるのですが、それに納得できなかったので、狩りをする立場で確認してみようと考えて、狩猟免許を取得しました。初めての狩りでエゾシカの親子に銃を向けたものの、目が合った瞬間に動揺してしまい、結局引き金を引くことはできませんでした。
アイヌの伝承や物語としては、シカはカムイが⼈間たちのために地上に下ろしてくれたもので、狩りはそれを受け取るという考え⽅。それに対して人間が感謝して、カムイが人間界を再訪するというサイクル……これは交易のアナロジー(類推)だと考えられます。しかし、実際の⾏為としては命を奪うということに他なりません。狩れば⾎も出るし、シカも痛がったりする。そういう場⾯を体験したり、明確にイメージしたりすることで、命について考えるきっかけや、今にも続くアイヌ文化をあらためて考える機会にもなると思います。
アイヌは狩猟民族と言われますが、それは違うのではないかと個人的には考えています。現代のアイヌのほとんどは狩りをしないので、そのロジックでいくとアイヌではないということになってしまいます。伝統はもちろん大事ですが、時代の流れとともに、アイヌ民族としてもアイヌ文化としてもアップデートしていくべきです。たとえば、アイヌの物語では虹は不吉なものとして忌み嫌われることがありますが、今の時代にそのまま継承していくことがはたして正しいことなのでしょうか。
大切なのは多文化共生、文化に優劣はありません。
私たちは北海道に暮らすアイヌという立場ですが、世界に目を向けると、実にさまざまな民族がそれぞれの環境で生きています。各国を訪れて先住民との交流を持つ機会があり、そこで言語復興や文化復興のノウハウや、各国の先住民族政策について学んだことはとても大きな経験でした。学生には、いろいろな民族に会う機会をぜひ持ってほしいです。世界の多様性を知っておくことは、これからの人生で絶対に役に立つ経験ですから。
文化に優劣はありません。私たちも、アイヌ文化だけが特別にすばらしいものだと思っているわけではなく、ただみんなで一緒に学んでいきたいだけです。そんなシンプルな考えにたどり着いて、ネガティブな思いを吹っ切ることができました。大切なのは、お互いを理解し合い、共生していくこと。ウレシパクラブは、多文化共生の本当に小さなバージョンです。この輪が少しずつでも広がって、いつかそんな世界になってほしいと願っています。
文化に優劣はありません。私たちも、アイヌ文化だけが特別にすばらしいものだと思っているわけではなく、ただみんなで一緒に学んでいきたいだけです。そんなシンプルな考えにたどり着いて、ネガティブな思いを吹っ切ることができました。大切なのは、お互いを理解し合い、共生していくこと。ウレシパクラブは、多文化共生の本当に小さなバージョンです。この輪が少しずつでも広がって、いつかそんな世界になってほしいと願っています。
(2020年9月)