アイヌの知的財産権の保護を目的とした法人を設立。
8月の末に、アイヌ民族による新法人「一般社団法人・阿寒アイヌコンサルン」を設立しました。いわばアイヌ文化専門のコンサルティング会社で、阿寒アイヌ協会、阿寒アイヌ民族文化保存会、阿寒アイヌ工芸協同組合、これらの中間に位置する組織です。アイヌ文様などを使った商品開発の監修や、アイヌ施策推進法の交付金の受け皿、各組織への仕事の配分などを担当する予定です。取材依頼などもコンサルンで一括して受けて、適切な取材先を選定していこうと思っています。
設立の一番の目的は、アイヌの知的財産権の保護です。たとえぱ、商品にアイヌ文様を使いたいが、どうしたらいいのかわからないという企業も多いでしょう。勝手に使って訴えられた例も実際にありますから。
でも、これからはコンサルンに相談すれば大丈夫。すでに何件か問い合わせはありますし、今後も増えていくと思います。私たちは、アイヌ文様を使うなとは言っていませんし、むしろ、もっともっと広めたいと思っています。文様もアイヌ語も、間違ったものを使われたくないだけなんです。
今後は、阿寒アイヌのブランド化を目指して商品開発を積極的に進めていきます。知的財産権を守りつつ、阿寒のアイヌに関する商品を開発して販売する取り組みで、国内のデニムメーカーや網走刑務所の刑務作業品など、実際に動いている案件もあります。こちらでデザインをする場合にはデザイン料、デザインの監修なら監修料、商品を販売するときのロイヤリティという形で収益を生み、アイヌの経済的自立につなげていきたいですね。
世界の事例を参考に、観光地での生き方を模索。
2018年に、世界先住民族観光連盟がニュージーランドで開いた観光サミットに参加して、 観光振興が民族の自立につながることを確信しました。ニュージーランドのマオリや、ハワイの人々は、観光で利益を出して民族の教育や福祉に活用しています。これこそ、観光地の阿寒アイヌが目指すべき姿だと思いました。先住民族同士の交流もより積極的に行い、そのノウハウも学びたいと考えています。
阿寒を含む道内6地域のアイヌ文化や観光資源をつなぐ広域周遊ルート「ユーカラ街道」という事業を展開していますが、そこで歓迎の「カムイノミ」という儀式をやろうと思っています。
単なるパフォーマンスではなく、ツアー参加者への歓迎の儀式として心を込めて本気でやります。儀式の後は祭壇にご案内して、そこで説明もする予定です。普段は祭壇に立ち入ることはできませんが、そのツアーだけは入ることができるようなプレミアム感を演出していくことも大事ですから。
また、ツアーガイドの養成にも取り組んでいきます。アイヌ文化についての経験談や人から聞いた話、伝説や言い伝えなど、自分の言葉で自分の経験談を語れるようなガイドです。ツアーで一緒に回りながら、衣服や工芸、食の話から、宗教観や世界観などの深いテーマまでお客さんに説明してもらいます。モニターツアーでもそういうガイドへの要望が多かったので、阿寒で最低5人は育てることを目指しています。
新プログラムの「ロストカムイ」に込めた思い。
2019年3月19日から上演開始した阿寒湖アイヌシアターイコロの新プログラム、阿寒ユーカラ「ロストカムイ」も、おかげさまで好評をいただいています。狩りをする神「ホロケウカムイ」と呼ばれたエゾオオカミをテーマに、今では絶滅してしまった「失われたカムイ」とアイヌとの共生を描くストーリーです。アイヌ古式舞踊、現代舞踊、デジタルアートを融合させ、立体的なステージを作り上げました。
プログラムの完成までは3ヶ月ほどと、制作は急ピッチでした。プロデューサーやディレクター、各分野で活躍するクリエイターが私たちの話をよく聞いてくれ、コミュニケーションが密にとれていたことと、彼らがアイヌのこともよく勉強してくれたおかげでスムーズに進んだのではないでしょうか。
アイヌにとって特別な存在だったオオカミですが、これまであまり取り上げられることがありませんでした。私も以前『セプとオオカミのやくそく』という絵本で、アイヌ文化振興・研究推進機構団事業で最優秀賞を受賞したことがあります。オオカミは今でも山の奥でひっそりと生きている……と信じている伯父の話に感動して作った絵本で、主人公の少年・セプというのは私のこと。ロストカムイの舞台に立つときは、オオカミは絶対に生きていると思いながら演じています。
世界に認知されれば、それがアイヌの自信になる。
観光振興では、外国人観光客への対応がますます重要になります。多言語化を考えていますが、耳で聴くものがいいか、モニターなどで見せるものがいいか、印刷物で配るのがいいか、手法については検討中です。たとえば、「アイヌ古式舞踊」は字幕を出していますが、「イオマンテの火まつり」と「ロストカムイ」は現状で日本語のみの展開です。何をやっているのかわからない、という苦情も来ていますが、どこまで細かく説明するのがいいのかを含めて要検討です。
国際交流に関係する事業にも積極的に参加していますが、海外公演での反応を見ても、はたしてどこまで伝わっているのかまではわかりません。サービス精神が旺盛な人々なので、喜んでくれているようには見えるのですが。
通訳を入れたり解説資料を配ったり、正しく深く理解してもらうための工夫が必要かもしれません。アイヌ文化が世界に認知されれば、それが一人ひとりのアイヌの自信にもなると思いますから。
ウポポイのオープンに象徴されるように、先住民族として国に認められたことは非常に大きいことです。かつてアイヌは、伝統文化を捨てさせられようとしていました。それでもわれわれの先祖たちは残してくれたのです。私たちには、アイヌ文化を伝承していく使命があります。阿寒の観光では、これまでもアイヌと和人が協力してやってきました。コンサルンを通じてみんなが豊かになることを目標に、若手を含めて仲間を増やしていきたいですね。
(2019年8月)