アイヌの歌や踊りが自由にできなかった頃の悲しさ。
「帯広カムイトウウポポ保存会」が設立されたのは昭和39年のことですが、その前は「十勝アイヌウポポ愛好会」という名前でした。会を立ち上げたのは、加藤ナミエさんや私の母。私も物心つく前から母に連れられて、自然とアイヌの歌や踊りに触れていました。母がいろいろなババ(お婆さん)たちにウポポ(座り歌)を習う姿を見ながら育ちました。
当時はアイヌへの差別がひどい時代でした。アイヌの集会場の「日新会館」を借りて保存会で練習していると、会館の近くに住んでいた同じアイヌの人が怒鳴り込んでくるんです。今すぐにやめろ、なんで寝た子を起こすような真似をするんだと。
アイヌが目立つようなことはするなということだったんでしょう。学校でいじめられるのも嫌でしたが、母たちの悲しそうな顔を見るのはもっと辛かった。「このおじさんたち、どうしてこんな意地悪するのかな」と、とても悲しかったことを覚えています。思い出すと今でも涙が出ますよ。
そんな時代を耐えて、母たちがアイヌの歌や踊りを残してくれたことは本当に素晴らしいことだと思います。会館も使えなくなって、母の叔父の家の広間でこっそりと練習しました。頑張ってくれた先輩たちには、心から感謝しています。
若い子たちの一生懸命な姿を見るのが一番の喜び。
保存会は、平成26年に発足50周年を迎えました。文化庁主催の国際民族芸能フェスティバルや札幌国際芸術祭への出演をはじめ、平成30年の「北海道150年記念式典」では天皇皇后両陛下の前でアイヌ古式舞踊を披露させていただきました。今は、東京オリンピック・パラリンピックの開会式で披露することを目標に練習に励んでいます。
現在の会員数は50名弱ですが、小学生や中学生などの若い世代が多いのが特徴です。若い子たちが楽しみながら一生懸命にやっている姿を見るのはとても嬉しいし、頼もしいですね。孫たちも、中学生や高校生になっても続けてくれています。私の母から数えて四代にわたってやっている、これはちょっと自慢です。特に中学1年生の孫は、客観的に見ても上手いですね。
リズムの取り方もいいし、男の子なのに照れもせずに踊れるのがいいと思って、将来に期待しています。
中学生や高校生になると、勉強も忙しくなるし部活動もあるし、練習に来なくなったりするものです。私もそうでした。中学の頃はアイヌ舞踊がもう嫌で嫌で。当時はたまに十勝川温泉に呼ばれて踊るくらいでしたが、絶対に行かないと言って母を困らせたりしましたね。人前で踊るのが嫌になる時期は誰でもあるんですよ。でも、その時期を過ぎると、みんな戻ってきます。誰のためでもなく、アイヌ舞踊が好きというだけでまた戻ってやり始める。小さな頃から、親が楽しそうにやっている様子を見ているからでしょうね。
本物のウポポを人に教えるのは、とても難しい。
平成15年に会長になったのは、私がやらなきゃ誰がやる!という使命感と、このままでは途絶えてしまうという危機感から。ババたちが残してくれたウポポやリムセ(踊り)を私の代で絶やしてなるものかという意地もありました。アイヌであることが嫌だった時期もあるし、アイヌ舞踊が嫌だった時期もありますが、今となってはやっぱりやってきてよかったとしみじみ思います。
アイヌの踊りは誰でもできるんです。アイヌでも和人でも、踊りは見よう見まねでできるようになります。うちの保存会にもアイヌ以外の会員がいて、頑張って踊っています。アイヌも和人も一緒になってアイヌの伝統文化をやっていけたら、こんなに嬉しいことはないですね。
問題はウポポの歌い手です。残念なことに、私の娘や保存会の若い子に教えようとしていますが、なかなかできないんです。アイヌ独特の節回しや、自分の声と裏声をきれいに出す、これが今の子にはできません。私も教えられたわけではありませんが、母たちが歌っているのを小さな頃から聞いていたおかげで、ババたちの歌声が耳に残っています。あんなに素晴らしい声は出ませんが、なんとか近づきたいと思ってやっています。
本当にウポポの継承は大きな問題です。「私が死んだらどうするの?あなたたちがちゃんと覚えなきゃ」とハッパをかけて、聞いて覚えろと言っていますが、上手くいきません。教えるということの難しさも感じますね。このままでは、本当のウポポが途絶えてしまうのではないかと心配しています。北海道の団体は、どこも同じ悩みを抱えているのではないでしょうか。
観光地以外で頑張るアイヌのことも知ってほしい。
北海道に来られる観光客のみなさんは、阿寒や白老、二風谷などの観光地にしかアイヌがいないと思うかもしれません。でも、十勝にもアイヌはいますし、北海道じゅうにアイヌはいるんです。観光地ではない場所にもアイヌがいて、みなさんと同じように生活していることを知っていただきたいですね。
保存会の若い子たちも頑張っていますし、道外からのお客様にも機会があれば披露したいですね。アキアジの伝統漁法「チェプノミ」も復活させて、鮭を迎えるアイヌの伝統儀式「アシリチェプ」や、厳かな「カムイノミ」などを通して、すべてのものに神が宿るというアイヌの考え方を伝える取り組みも進めています。できれば実際に見て、正しいアイヌ文化に触れていただければ幸いです。
アイヌ協会も昔は各地に支部がありましたが、今ではかなり無くなっています。帯広は幸い会員も増えていますが、各地の保存会も高齢化などでずいぶん減りました。これからは、保存会同士で合併するなどアイヌ同士の連携が必要だと思います。歌や踊りだけではなく、いろんな面で助け合っていければ。北海道の厳しい環境を助け合いながら生きてきたアイヌの、それが本来の姿だと思うのです。純粋なアイヌはどんどん減っていくと思いますが、アイヌの精神は受け継がれていくと信じています。
(2019年8月)