伝統の食が、
アイヌ女性の
誇りになる。

札幌アイヌ協会副会長
アイヌ女性会議
メノコモ 代表

多原 良子さん

アイヌ女性たちが輝ける場を。

メノコモとは、アイヌ語でメノコ(女性)・モ(目覚める)という意味です。アイヌ女性が目覚め、誇りを持って前向きに進むという思いが込められています。伝統的な「食」を通じてアイヌの文化や知恵を広く発信するため、そして、アイヌの女性たちが元気に活躍できるような場をつくるための活動をしています。

そのひとつが、2018年4月から札幌駅の駅弁として発売されている「イランカラテ弁当」です。アイヌの食文化を駅弁で、というコンセプトのもと、私たちメノコモが監修したもので、おかげさまで好評をいただいています。開発にあたっては試食を繰り返して、弁当に記載されるアイヌ語の監修もさせていただきました。

この駅弁は創作料理ですが、伝統的な素材が使われています。アイヌの主食はオハウ(汁物)なので、お弁当でそれは無理だろうと思っていたら、驚いたことにゼリー仕立てにしてありました。私たちの世代ではアイヌの伝統食を日常で食べることは少なく、儀式の時に作るくらいでした。誰もが気軽に食べられる駅弁で、アイヌの食を体験していただけるのはとても嬉しいことです。

ストレートに訴えるより、食を通じて考えさせる。

2017年にメノコモを設立したのは、もともとアイヌ女性の「複合差別」の解消が目的でした。先住民族としての差別に加え、ジェンダーの差別という複合差別を受けている私たちアイヌ女性の権利回復のために、当事者が自ら声を上げていかなければという思いで、女性の団体が必要だということになったのです。

ところが、会の立ち上げ準備をしていた際に知り合った日本スローフード協会の方から「ストレートに差別の撤廃を訴えるよりも、まずはアイヌ民族の食を通して興味を持ってもらうほうがいい」とアドバイスされて、目からウロコが落ちたようでした。その後、短期間に別の方々からも同じような話を聞き、そうかもしれないと本当に感じました。

誰でも美味しいものは好きですから、「これは何の料理?どこで食べられるの?」となったところで、実はこれはアイヌが代々食べてきたもので、安心・安全な料理ですよということを伝え、そして、この伝統食を守るためには、きれいな大地やきれいな水、きれいな空気が必要なのです、ということから訴えていけばいいのだと思うようになりました。

イタリアの食イベントで、アイヌ女性の本領発揮。

イタリアのトリノで開催された、世界最大級の食のイベント「テッラ・マードレ2018」にも、メノコモのメンバー8人で参加して、アイヌの食と歴史・文化を紹介しました。ミシュランの二ツ星レストラン「レフェルヴェソンス」の生江史伸シェフに相談に乗っていただき、イベントで提供する料理を考えました。伝統にこだわりすぎると受け入れられないし、そうかと言ってあまりアレンジしてしまうのも意味がないので、そのあたりのバランスが難しかったですね。

テッラ・マードレでは、食に関するシンポジウムで発表もしました。食を楽しむだけではなく、その食を育む環境を考えるという国際的なレベルの高さを感じました。

われわれアイヌも含め、先住民族の食には共通点があります。自然の恵みを大事に使うという感謝の心や、次の世代の子孫のために取り尽くさないという考え方だとか。人間は大地の恵みをいただかなければ食べていけないし、いただくことで命をつなぐという考え方はやっぱり共通しています。

トリノでアイヌ舞踊を披露したこともいい思い出です。パフォーマンススペースで南米の人たちがギターを弾いて歌っていたところへ、会場の担当者から「一緒に踊ってくれないか」と言われて。お婆さんが儀式の前にお爺さんにお酒を届ける「フチトノト」という踊りをはじめたんですが、珍しいし衣装も綺麗なので目立つわけです。そしたらアフリカの女性たちや大きな鳥の羽で着飾った女性たちも一緒に踊り出して、とても盛り上がりました。その様子を見ていた生江シェフが「アイヌ女性ってシャイじゃなかったんだ」と驚いていたほど(笑)。アイヌは狩猟民族ですから、狩りなどの一発勝負には強いんですよ。

大切なアイヌの食文化を、今後も発信していきたい。

この10月には、サッポロピㇼカコタンで「先住民族テッラ・マードレ アジア・環太平洋」を開催します。アイヌの食はもちろん、アジア各国の先住民族の食が体験できるイベントで、最終日には何らかの宣言をまとめて発表する予定。アジアと環太平洋、一部は北欧からも先住民族のシェフや食の関係者が一堂に会することは貴重な機会なので、ぜひ多くの方にご来場いただきたいです。

また、2020年には「日本博」が開催され、北海道ではアイヌについて発信する予定です。食に関してはメノコモが担当することを要請されています。そこで世界の先住民族が集まって、ブース展開などができると面白いと思っています。また、それに合わせて「世界先住民族平和フォーラム」をウポポイで開催する準備も進めています。

メノコモが差別の問題に固執していたら、今の状況はなかったでしょう。アイヌの食をきっかけにいろいろな情報が集まり、人の輪がつながっていきました。私は30年前ほどに「アイヌ料理研究家」を名乗っていたことがあったのですが、表立って活動したこともありませんでした。でも、それが今につながっていたのだとあらためて実感しています。

以前は取材などで「アイヌ民族として誇りは持てますか」と聞かれると、差別されているのに誇りなんか持てるわけがないと思っていました。やっとこのごろ、アイヌで良かったと思えるようになりました。歌も踊りもできるし、美しい工芸もあるし、私たちはアイヌ文化の魅力を再発見しました。それが自信になって、アイヌの誇りを持てるようになりました。そして、世界のどこにもない食文化は私たちの誇りです。大切なアイヌの食文化をこれからも発信していきたいですね。

(2019年7月)