アイヌの視点や
考えを反映する
私たちの博物館。

公益財団法人
アイヌ民族文化財団
民族共生象徴空間運営本部
副本部長

村木 美幸さん

ここは私たちアイヌの国立博物館。

ウポポイ空撮 ※提供:国土交通省北海道開発局

ウポポイ(民族共生象徴空間)のオープンが来春に迫っていて、準備に追われる毎日です。ただ、開業がゴールではありませんから、オープンしてからも事業をブラッシュアップするなど検討を重ねながらより良いものにしていければと考えています。ウポポイはアイヌ文化の価値を高めるための場所として考えていますので、国立博物館というネームバリューは大きいと実感します。

これまで民間ではありますがアイヌ自ら運営する「アイヌ民族博物館」で、ずっとアイヌ文化に携わる仕事をしてきました。自分たちの伝統文化をどうやって継承し、発信していくかを考え続けてきた博物館でしたので、その場所に、ウポポイができることはとても意義があるものと思います。

これまで50年ほど培ってきたノウハウもありますし、運営方法もアイヌ自身の視点で考え、アイヌ自身が中心となって考えを発信するという点では変わりません。
ウポポイの事業計画や、運営などの準備業務には私を含め多くのアイヌが関わって業務を進めていますし、旧アイヌ民族博物館が収蔵していた民具などのアイヌ資料も展示活用されます。展示のコンセプトは「私たち」、すなわちアイヌです。「私たちのくらし」、「私たちの歴史」、「私たちのことば」、「私たちのしごと」など6つのテーマに沿って紹介されます。アイヌの視点や考えが反映されている、私たちアイヌの国立博物館です。

アイヌにとってメリットとなるような場所に。

博物館(屋根ロゴマーク) ※提供:国土交通省北海道開発局

大事なのは、ウポポイを通して良い影響を波及させていくこと。ここを核として、各地域とも連携していけるような体制づくりを心がけながら事業を進めています。各地域のアイヌ文化が盛り上がるように、ウポポイを利用していただきたいですね。アイヌ文化復興の拠点となるナショナルセンターとして、誰もが簡単にアクセスでき、皆のメリットになるような環境づくりが必要だと思います。

博物館は学習の場であり、新しいものに出会う場です。ウポポイは、子供たちにとっても多文化を体験できる絶好の場になります。アイヌ文化だけではなく、日本にいながらにして世界の先住民文化に触れ、学ぶ機会が多い場所になると思います。自分の「当たり前」が相手にとっての「当たり前」という訳ではありません。違いを認識することで、相手の価値観を認め、受け入れるという意識が生まれてくるはずです。

その意識を子どものうちから身につけておくと、きっと人間性豊かな大人になれると思います。自分の考えと相手の考えは違っていて当たり前、それに気づくことで相手の思い、痛みがわかるようになります。ぜひ、いろいろな機会にウポポイに足を運んでいただきたいですね。家族で来ていただけると嬉しいですね。家族で一緒に考える時間を持つ機会はあるようであまり多くない気がしますので、そんなきっかけの場所になれればと思っています。

ウポポイを通して、お互いを尊重しあう心を育む。

体験交流ホール ※提供:国土交通省北海道開発局

かつてのアイヌの生業は狩猟採集を中心に農耕や交易も行ってきました。農耕の中心となる米作りが北海道で本格的に行われるようになったのは明治に入ってからですが、アワやヒエ、キビなどは古い時代から栽培してきました。米作りを中心とした本州の農耕文化は高く新しい文化、自然によった狩猟採集文化は低く古い文化として位置づけられ、それによって差別されてきた事実もあります。米をつくる文化が一気に本州に広がった要因のひとつは、それまで当たり前だった狩猟採集社会を維持できなくなった環境変化が考えられます。一気に人が増えるなどして、自然が人間の生活を支えきれなくなり、生産性の高い農耕をせざるを得ない状況がおきた、自然と人間とのバランスがどこかで崩れてしまったからだと考えることもできます。半面、北海道はアイヌが生活するのに必要な自然が豊かで生活が維持できた、それだけのことだと思います。

何が低く、何が高いのか、要するに価値観の違いです。たとえばアイヌが森を見ると、いろいろな動物がいて山菜などの植物がたくさん取れる豊かな場所だと認識します。しかし、開拓者にとってその同じ森は手付かずの未開の森で開墾が必要と認識します。どちらも同じ森を見ているのに、生業の違いによって見え方は違ってくるのです。違って当たり前、価値観や多様性を知ることで、お互いを尊重しあう心が育まれる、そんな気付きの場所にウポポイはなると思います。

かつて、アイヌ語は表す文字を持ちませんでしたが、逆になぜ文字が必要なのかということを考える機会はないですよね。離れている相手に何かを伝える際には文字は必要です。例えば、国などのような大きな組織で国民一人一人に何かを伝えたり、意思疎通を図るためには文字は必要となります。しかし、それぞれ独立したコタン(集落)というコミュニティで暮らしてきたアイヌは、相手と会って会話すれば意思疎通は可能なので、文字を持つ必要がなかっただけなんです。そこに気づくだけで、ものの見方がガラッと変わりますよね。

とは言え、現在、私も含めアイヌ語を流暢に話せるひとは多くありません。使わないと言葉は話せるようにならないので、アイヌ語を使う環境をつくることが大切です。ウポポイの公用語はアイヌ語と日本語と考えられています。ウポポイはアイヌ文化復興の拠点ですので、あくまでも一番はアイヌ語、ほとんどの人がアイヌ語の意味を解さなくても、これは英語、これはフランス語、これはロシア語……というように聞いただけでなんとなく識別できるように、まずはアイヌ語を耳にしたら「これ、アイヌ語だよね」と誰もが認識できる空間を目指していきたいですね。

「知る」を楽しむことで、未来は変わると思う。

以前の私は「アイヌ」という言葉そのものが嫌いでした。子供の頃は「アイヌ」という言葉の意味を知らなかったし、「アイヌのくせに」「だから、アイヌっていわれるんだ」などと「アイヌ」という言葉が使われるのは、悪く言われる時が多かったので仕方ありません。しかし、アイヌが「人」という意味だと知っただけでイメージが一変しました。アイヌ文化を知ることでどんどん意識が変り、今はアイヌであってもいいかなと思えるくらいにはなりました。知るということは、価値観を大きく変えてくれます。ウポポイでは、伝統的なアイヌ文化に加えて、現代のアイヌについても積極的に発信していきたいと思っています。

ウポポイは、今までの施設に比べて5倍の大きさになるので、長く滞在していただけると思いますし、アイヌ文化を理解していただく多彩なプログラムを準備しています。国内外の皆さまに情報を発信できるシステムも構築しているところですので、多くの方々にウポポイに足を運んでいただきたいと思います。

楽しさも必要ですが、ただ「楽しかったね」で終わるのではなく、ウポポイを訪れた皆さんには、自身の文化を再確認したり、考えたりと、心の琴線に触れる体験をして帰っていただければ嬉しいですね。ウポポイの一番のお土産になると思います。いろいろなことを知ると視野も広がります。知った上で、自分で考え、何を選択するか、どう生きていくか、そこが大事だと思います。ウポポイが、そんな場所のひとつになれば嬉しいです。

(2019年8月)