アイヌの伝承活動や伝統行事の支援も大事な仕事です。
川村カ子トという個人が作った私設の記念館ですが、旭川のアイヌ文化を支えているという自負はあります。昔のことを熟知した年長者が亡くなっていく中で儀式を執り行うにあたり、一家の働き手である男性が中心となって準備を進めるということが難しくなっています。ここ20年くらいは、道具類を含めた準備をほとんど当館で引き受けています。それを次世代に伝えていくというのが大きな課題です。誰かがやらないと、地域の伝承が途絶えてしまいますから。
公的な援助がないので運営も厳しいのですが、逆に私設だからこそ続けられたという面もあります。今も、公民館に希望者を集めてさばいてもらったサケを、一週間くらいかけて敷地内のチセで燻して「鮭トバ」を作っています。このように、公的な施設では難しいことが自由にできるのは私設ならでは。記念館の展示内容に関しても、アイヌの目線ですべてを決めていくことが可能なので、今後はより地域に根差したものに変えていければと考えています。
以前は、この辺りで木彫り熊の生産に携わる人が多く、「熊彫り通り」と呼ばれたほどでした。でも、それがだんだんと減ってしまって。ものづくりに携わっていた人をはじめ、アイヌとしてのドラマがそれぞれにあるわけですから、わかる範囲で紹介していけたらと思っています。石狩川を必死で遡上するサケと、それを狙うクマとの関係性はドラマチックで、だから上川ではサケをくわえたヒグマの木彫りが盛んだったのでしょう。記念館として、そんなサケとヒグマに絞った展示も面白いかもしれません。
動物園ガイドや出前授業でアイヌや環境について解説。
アイヌ関連の名所や施設を結んで周遊を楽しむ「ユーカラ街道」というプロジェクトの一環で、旭山動物園でアイヌ目線での動物ガイドを務めています。旭山動物園にはシマフクロウがいますし、オオカミとエゾシカが並んで展示されているので、天敵のオオカミが絶滅したことでシカが増えすぎてしまったことや、アイヌにとってシカは獲物だがオオカミはカムイであることなど、アイヌと関わり合いのある動物についての説明がしやすいんです。
中でもシマフクロウは、アイヌにとっては「村の守り神」ですし、環境を考える上でも大切な存在です。森の奥深くではなく、冬でも凍らない川や湖の近くで、巨木があるような環境でないと生きていけないのですが、環境の変化で今はそんな場所がなくて。大体160羽くらいと言われているシマフクロウの数を増やす計画が進められているものの、なかなか増えません。自然豊かと言われる北海道にも、実はそういった問題があるということを伝えています。
ほかにも、旭川市教育委員会が主催する出前授業では、年間で市内の小中学校10校ほどに出向いて「アイヌ民族音楽会」を実施しています。アイヌの伝統楽器「ムックル」や、アイヌの歌と踊りを体験してもらって、児童や生徒の質問に答えるという内容です。今年はコロナの影響でムックル体験はできず、踊りも手を繋ぐようなものは振り付けを変えて、歌もあまり大きな声は出さないようにと、とにかく気を使いましたが、今後も継続していきたい活動です。
旭川のアイヌ観光をもっと盛り上げていくために。
アイヌの観光地といえば、今はまず白老や阿寒、詳しい人なら二風谷を思い浮かべるでしょうか。半世紀ほど前は旭川もかなり盛んで、街のあちこちで古式舞踊の披露が行われていたそうです。当時は川村カ子トのネームバリューも非常に大きかったのですが、最近はあまり目立たなくなっているように感じます。日本最古の私設アイヌ資料館を作った功績や、北海道の鉄道を支えた測量技師としての業績など、もっと伝えていきたいですね。
そんな中、「カムイと共に生きる上川アイヌ」が日本遺産に選ばれたことはとても大きな出来事です。テレビ番組になったこともあって、道内外のお客様が来てくださいますし。上川アイヌは川を大切にしていて、奇岩の渓谷に「魔神と英雄神の戦いの伝説」を残しています。近年では、旭川駅近くの忠別川に遡上してくるサケを迎える儀式も始めました。日常生活では馴染みがなくなった川から学べることも多いので、旭川でも川と親しむ観光を推進しようとしています。
その一例として、モニターツアーで石狩川の神居古譚付近をラフティングしました。4㎞ほどのルートで激流の場所もありますが、ラフティングだとむしろそれが楽しいんです。何より景色が違います。川の中からいつもの街を見るとまったくの別世界のような感覚です。ラフティングをしながらアイヌ目線でのガイドもできるかもしれません。昔は丸木舟で通行していた川を、もっと安全に、同じ目線で景色を見ることができる……これは面白いですよ。何とか実現できないかと大いに期待しています。
地元のものづくりとのコラボでアイヌ文化を発信。
ウポポイの開業で全国的にもアイヌ文化への注目が高まっていますが、私もアイヌ文様を使って、旭川の大雪地ビールのラベルと高砂酒造のパッケージをデザインしました。大雪地ビールのラベルは、アイヌ衣装を着た人々と一緒に麦とホップを描いた楽しいもの。一方の高砂酒造の「旭神威」はウポポイの応援を目的とした企画で、高級酒のイメージを崩さないようなデザインを心がけました。木製のボトルタグが六角形なので、それに合うような文様を考えました。
旭川は木製家具の一大産地ですから、インテリアの中にアイヌのデザインを取り入れてみたいですね。大きなものは難しくても、たとえばアイヌ文様が浮かび上がるランプシェードなどは実現できそうな気がします。旭川は札幌に次いで人口が多いまちで、ものづくりも盛んです。アイヌの美しいデザインを活かして、そんな旭川ならではの活動をしていければ。ほかにも、日本遺産のプロジェクトで知り合ったファッション関係の方と一緒に何かできないかと模索しているところです。
記念館の展示に関しては、新たに作った刺繍や工芸品を増やす方向で考えています。古いもののほとんどはすでに各地の博物館に収められていて、そういうものを手に入れるというのは非常に難しいので。たくさんある木彫り熊などを活かしながら、川をめぐるサケやクマとアイヌの関わりなど、テーマ的な展示を増やしていければ。川村カ子トアイヌ記念館としての今後のビジョンは、いろいろな人が出会う場所になることです。訪れた人それぞれが何かに感動できるような、来て良かったと思えるような、そんなモノやコトがある場所にしていきたいですね。
(2020年11月)